作者の過去のインタビューなど読みますと、連載当初ジルベールは読者から嫌われてしまったらしいですな。
わがまま過ぎるとか、自由奔放過ぎるとか言われて。
なんかわかるわ。
風と木の詩はセルジュを主人公に据えてますが、作者が心底描きたかったキャラクターはジルベールなんで、これには危惧の念を抱いたらしい。
そこで、ジルベールがどうしてあんな子になったのか、それには幼少期にこんな事があったんだよと、わかってもらう為にジルベールの過去編を創作したそうです。
急遽創作された過去編は、とても重苦しい内容でかつ長いです。
前回のセルジュに対しての大層お怒りのご様子に、くぉのメンヘラ野郎が、ウチのセルちゃんに何すんのよっ!っとジルベールが嫌いになってしまいました。
あのパートは何度読んでもジルベールが嫌いになってしまいます。
ジルベールをあんな風にしてしまうオーギュストというお方は、いったいどんな人物なんでしょうか?
すべてが明らかになる嵐の第四章でございます。
第四章 ジルベール
始まり始まり
若き日のオーギュスト・ボウ
────1872年、マルセイユ。
ラコンブラード学院では影のドンとして暗躍するオーギュストにも、こんな麗しい時代が。
10年程前ですので、25、6歳と思われます。
社交界の友人たちを連れて、5年振りに自分の育った家へ帰るという。
それが───
海の天使城(ケルビム・デ・ラ・メール)
マルセイユの海に面して建つ華麗で豪奢な城です。
このド派手な館に友人たちは大喜びです。
海の天使城は、ラコンブラード学院と共に作中に登場する重要な舞台です。
オーギュストはこの日、5歳になるジルベールの姿を始めて見るのです。
使用人に子供などいないはずだと不審に思ったオーギュストに、ある記憶が甦り愕然となります。
「まさか、あの子供は、あの時の・・・?!」
社交界で大人気の新進気鋭の詩人。
若さと、美しさと、富と、名声と。
すべてを持つオーギュストの人生は薔薇色だと友人からは羨望されますが、彼にとっては生きたくもない虚無の人生だったのです。
そしてオーギュストにとっては、ここはイヤな思い出のつきまとう屋敷でした。
オーギュストの過去を知る老執事
かつて、この城にはマルセイユいちの貿易商コクトー家が住んでいました。
跡取り息子であるペルー・コクトーの異常な男色癖は無軌道を極め、頭を悩ました父親は孤児院から容姿の美しい少年を選び養子に迎えたのです。
それがオーギュストでした。
義理の兄の相手をする為に、何も知らずこの屋敷に引き取られ、養子とは名ばかりの性の奴隷であり人形。
この夢のように美しい城ですべての大人は知っていて口をつぐみ、オーギュストは醜い欲望の生け贄とされたのです。
まったくもってひどい世界です。
養父母が相次いで亡くなった後、父親の跡目を継いだ義兄は政略結婚しますが、それでもその仕打ちは行われ続けました。
義兄の妻アンヌ・マリーは嫉妬と腹いせで、まだ若いオーギュストを誘惑し二人は関係を結びます。
しかしその関係が露見すると、彼女は裏切り、オーギュストだけが悪者にされてしまったのです。
義兄はオーギュストを紙人形か何かのように燃やそうとしたといいます。
やがて身籠ったアンヌ・マリーは男の赤ん坊を産み落としますが、こんな子供はいらないと殺そうとするし、それを見たオーギュストは自分には関わりがないと背を向けます。
すぐ感情的になって泣き叫ぶアンヌ・マリーに、義兄はなぜか愛情を抱くようになり二人は東南アジアへと旅立ち、オーギュストはパリへと逃れました。
憎しみの中で生まれた子供は、父にも母にも捨てられ、この城に取り残されたのです。
つまりオーギュストはジルベールの叔父ではなく、父親だったんだね。
さて赤ん坊を置いてきぼりにされて、困ったのは使用人たちですよね。
とりあえずお金と人手はあるわけですから、乳母が雇われるとか、まあ食事だけ与えておけばというね、事務的な処理でここまで育ったわけですよ。
オーギュストの友人たちが楽しそうに散歩してる所へ、ウサギを追いかけたジルベールが突然落ちてきて皆を驚かせます。
何も知らない友人たちはこの可愛い子供に興味津々
ジルベールはこのウサギを「ぱぱ」と呼んでいて、ウサギの名前にしては変だと友人たちは笑います。
それから夕食の用意が出来て皆がダイニングルームに行くと、なんでかジルベールが一人で廊下に座っています。
オーギュストが侍女に尋ねると、あれはいつもの事で罰だと言うのです。
つまりお客様のいらっしゃる前に夕食を済ませなかったから、罰として座らせているんだと。
お腹がすけば後悔して大人の言う事をきくようになりますよ、と自慢げに語る侍女の前で、ジルベールは何も感じていないような目で身じろぎもせず座っているのでした。
ジルベールが食事抜きで座らされていた間の時計の針は
7時20分から10時を指していました。
こんな事が日常的に行われていたようですが、ジルベールが泣いていたので使用人たちは驚きます。
物心ついてからあの位の罰で泣いた事などない、可愛げのないほど頑固で素直に謝った事もないのだと口々に言い出します。
オーギュストは食事の残りのシチューを持ちジルベールの部屋へ行きますが、それは父親としての憐憫の情などではなく犬を手なずけるような遊び心からでした。
ジルベールの部屋
そこは凄惨な汚部屋だった
子供の虐待事件が起こった現場みたいな胸が痛む部屋です。
ジルベールは完全に放置されてたんですね。
使用人も大勢いて豪華な館の中も外も管理が行き届いているのと比して、この部屋の痛ましさときたら。
この部屋の様子を見ていると、海の天使城の美しさはあまりにも虚飾と欺瞞に満ちている事がわかります。
老執事がやって来て、あの子に近づいてどうなさるつもりかと、問います。
酔狂ならばおやめください、と。
オーギュストは聞く耳を持ちません。
突然の来訪者への恐怖感で、逃げ回るジルベールをなんとか捕まえたオーギュストは、この寒いのに素っ裸なのを見て、風変わりでそのうえ強情な事に気づきます。
ジルベールは薄汚れた毛布を「ママン」と呼び、もぐり込んでいました。
オーギュストは腹をすかせたジルベールに、自分の言うことを聞けば食べさせてやると言い、犬のように四つんばいになって食べろと命令します。
命令を受ければ素直に従う5歳の子供。
犬として手なずけるのも、鳥のように自由に育てるのも思いのまま。
自分だけを信じさせる事だって。
悪い企みにとりつかれるオーギュスト。怖い。
思えばすべての元凶はここなんだよね。
海の天使城も社交界の友人も、オーギュストにとってはくだらぬ唾棄すべき物でしかないんですよね。
外見は優美で、表情にも出さないけれど(能面系だね)、本当は一緒に来ている客たちの事も、友人だなどと口では言っても心では嘲笑っているんですよ。
人も友情も信じないオーギュストの心の中は、過去のトラウマに捕らわれ、やり場のない怒りと自己嫌悪がごうごうと渦を巻いているのです。
ところで、その友人たちの中にソフィアという綺麗な女性がおりまして男性人気No.1なわけ。
でもソフィアはオーギュストが好きなのね。
その彼女に恋する男の一人が、ジルベールとばっかり遊んでて顔を見せなくなってしまったオーギュストに会う為に、部屋を訪ねます。
(この館がだだっ広いんだわ)
彼がそこで見てしまったものとは・・・
魔王?
5歳の子供に濃厚なディープキスを教え込んでるオーギュスト。
それが厳しい。もお自己啓発セミナーの現場みたい。けなして誉めて怒って優しくして、みたいな。テクニックで人の心を操ろうとする。で、やってる事が子供にディープキス。
つまりこの、ソフィア嬢にやれというね。ディープなキスを。まだ5歳なんだからへーきへーき。
罪のないイタズラとしか思われないよー、って。
やるっつーんなら、おまえを正式にコクトー家の長男として明日の夕食に出席させてやるから。もう一人で食事しなくてもいいんだよ。この間泣いたのは突然自分が孤独な事に気づいたからだろーつって。子供に何を教えてんねん。
何も知らないソフィア嬢
ジルベールからディープキスされたソフィア嬢は当然驚愕し、思わず突飛ばすと崖下へ転落してしまい大変な騒動になってしまいます。
小さな子供になんて事したのかと自分を責めるソフィア嬢を、君は悪くないと落ち着かせようとしてるうちになんかオーギュストの言う通りになって、二人はパリへ帰る事となります。
「君は邪悪にとりつかれている。もう会わない。」
という言葉を残して。
あくる日、残りの客もパリへ発ち、これでオーギュストはジルベールと二人きりになったのです。
ウサギを「ぱぱ」と呼び、薄汚れた毛布を「ママン」と呼んでいたジルベール。
その毛布はオーギュストにより処分され、ジルベールのママンはいなくなってしまいます。
代わりにジルベールを抱きしめるのはオーギュストとなり、ジルベールの母、父、教師、友人、頼る者、愛する者、嵐からの隠れ場所、そのすべてが自分なのだと思うのです。たとえ、どんな目的でジルベールを育てたとしても。
思いのままの人形から、かしこく忠実な猟犬へ。
忠実な猟犬から、高貴なシャム猫へ。
存分に仕込んでやると考え始めるオーギュストやばっ!