風木部

溺愛「風と木の詩」

風と木の詩その20 第四章ジルベール⑧


ジルベールはもう屋敷には戻ろうとはせず、ボナールの所で厄介になっていました。


ソドミアンだという事をおおっぴらにしているボナールは、地位や名声には目もくれず、自分の生きたいように生きている人なんでしょうね。


たとえソドミアンだと周囲から糾弾される事になっても、それはそれでよいではないか、という覚悟を持っているような気がします。


だから闊達で明るく、ジルベールへの愛に溢れた態度は、寂しいジルベールの心を慰めたに違いありません。


ただしジルベール感謝とかはしませんから、当たり前って顔してますから、面白く思わない者がいるのは当然っちゃ当然よね。





おまえなんかにわがもの顔されるのは
もうまっぴらごめんだぜ



まあ、そうなりますわな。

同じ子供なのに弟子の自分とは、あまりにもボナール先生の扱いが違いますもんね。


ルノーはジルベールを馬小屋へ引っ張って行って、ケンカでカタをつけようと、かかってこいよ~なんて言い出します。


常に一方的に痛めつけられる事が多いジルベールですが、ケンカほど似合わない物はないですな。


で、馬鹿馬鹿しいと思って相手にしませんでしたが、その態度が余計にルノーを逆上させてしまいます。


するとジルベールは突然、彫刻で使用するミノで自分の腕を刺しルノーを驚愕させます。


そこへ飛び込んできたボナールは、当然ルノーがやったと思いますから殴り付けます。


7歳の時から下働きしてきてやっと弟子になれたのに、何もしないで先生に可愛がられてるジルベールに我慢ならなかったんだ、と泣きながら言うルノーをボナールはなおも殴ろうとします。


しかし止めに入ったジルベールが、この傷はルノーが興奮してるから、びっくりさせれば手を離すと思って自分でやったんだと言い出します。


ジルベールがルノーをかばった為、ボナールも冷静さを取り戻します。


そして、おまえは大事な弟子だ、でもジルベールは違うんだよ(ちょっと言いづらい)と、自分の態度を謝罪してこの場は収まります。





ああ オーギュ

ジルベールは11歳




ボナールを敬愛するあまり独り占めしたくて、自分に嫉妬したルノーの気持ちが、ジルベールにはわかるような気がしました。


自分の思いやりが足りなかったと、ルノーに率直に謝り抱き合う二人の姿を見て、ジルベールの心にはオーギュストへの思慕の念が溢れるように湧いてくるのでした。



ジルベールはオーギュストが迎えに来てくれるのを、ひたすらに待っていたのです。


けれどオーギュストは来ませんでした。


その寂しさをまぎらすかのように、ジルベールはボナールに自分を愛して欲しいと言います。






ボナールは重く受け止める




ボナールは以前のようにジルベールを傷つけるような事はしなかったろうし、きっと優しくしたろうとは思います。


ジルベールがオーギュストを愛する気持ちは変わりませんが、ジルベールが望むようには答えてくれません。










でもジルベール自身は愛だと思っていますが、それは被虐者であるジルベールが愛を思い違いしているだけなんじゃないかと、読み手も気づいてきます。


二人の関係は異常だし、ジルベールにとってはあまりにつらすぎる状況で、そこから逃げ出す手段も持ちませんでした。


ここにいてボナールを愛せたら、少なくともオーギュストといるよりは幸せになれるかもしれません。


でもオーギュストに支配されているジルベールは、オーギュストから逃れる事はできないのです。


性的虐待サバイバーであるジルベールが、「何をされても痛みや苦しみを感じない」というもうひとつの自分のパーソナリティーを持ち始めたのは、この頃のような気がします。






その頃オーギュストは

ちょっとイラついていました



ジルベールの事が頭から離れない自分自身をわずらわしく思ったり、ボナールと一緒にいる姿を想像しては密かに罵ってみたり。


気を紛らわす為に散歩に出かけようとしますが、意外な人物が訪ねてきます。









オーギュストのトウウマチック義兄ペルー・コクトーです。





ペルーも年をとったね




この二人が向かい会うとは隔世の感がありますな。


おまえは昔と変わらずきれいだなあ、などと言いつつオーギュストの手を握ろうとしたペルーは、みっともないからおやめなさいと激しく拒絶されます。


ペルーが訪ねてきた用件とは、今度パリに移り住む事になりジルベールをどこか他へやりたいと言うのです。


両親がパリにいるのに叔父と暮らしてるのもへんだし、外国の学校へやるとか、養子に出すとか。

まあ厄介払いです。







後日、オーギュストは早々にパリに屋敷を買った義兄夫婦のもとを訪れます。


そこはとても贅沢な場所で、派手好きな妻が好きそうな事だとオーギュストは思います。

その妻アンヌ・マリーは、義兄との間に幼い男の子を産んで幸福そうに暮らしていました。


突然現れたオーギュストはその幸福を壊しに来た悪者としか思えません。






とんでもない言いがかりをつけてくるアンヌ・マリーにオーギュストは苦笑してしまいます。


こんな浅はかな女にこっぴどい目にあった自分の若さが、滑稽だったのかも知れません。









ペルーは三歳になる自分の息子の為に、ジルベールにはコクトーの姓を名乗らせたくないと話します。


自分の庶子として法的にカタをつけたいと言うのです。

しかしオーギュストが自分が本当の父親だと公表すると脅すので、ペルーは仰天してしまいます。


そんな事をすればコクトー家だけでなく、オーギュスト自身も破滅してしまいます。


この交渉はオーギュストの勝ちでした。


でもオーギュストは、子供なんて何の為に生まれてくるんだと、呪ってやりたい気持ちで一杯でした。









ボナールと肉体関係を持っても、ジルベールの心の中にはオーギュストしか住んでいません。


ボナールもそれを感じていて、虚しい思いに囚われていました。


しかも、ボナールはオーギュストがジルベールの父親だという秘密も知っています。


ボナールはジルベールが哀れで仕方なかったのです。




そんな事は知らないルノーは、あの一件以来ジルベールと心を通わすようになっていました。


大人しか知らなかったジルベールが、初めて触れ合った同世代の子供です。


子供らしく健康そうにしているジルベールにホンワカしますが、やはりやって来ました。





オーギュ来た


ついにやって来たオーギュスト。

ペルーとの事もあり、もうどうしたって連れ戻さねばなりません。

でも迎えに来たから帰ろうと言われたジルベールは、その手を拒否します。


来るのが遅いんだよ



オーギュストはジルベールに手を差し出しますが、その手はそれ以上伸ばす事はないとジルベールは知っています。

ルノーも必死でかばい、ジルベールも来ないのでオーギュストはイライラして、出した手を引っ込めてしまいます。




悪態をつく


「オーギュは絶対に自分に損な事はしない。言い様に操られるのは僕さ。誰が帰るもんか」

ハッキリ言いおった。
オーギュストはむなしくボナール邸を後にします。

ジルベールの反抗的な態度に、オーギュストはジルベールの成長ぶりを認めないわけにはいきませんでした。





ところが口では拒絶したものの、オーギュストに会ってしまったジルベールは心の平静を保てなくなってしまいます。









沸き起こる性的衝動に悩まされ、スイッチが入って欲求が抑えきれない感覚に、どうしたらいいのかわからなくなってしまったのです。






そうして、空を飛ぶ小鳥を見ているうちに、ついと窓辺に立ったジルベールはそこから飛び降りてしまったのです。