風木部

溺愛「風と木の詩」

風と木の詩その52 第七章アニュス・デイ⑥

 
雪の降りしきるバルコニーで二人は抱き合いました。
 
 
しかしジルベールは会いたさだけで危険を犯してここまで来たわけではなかったのです。
 
 
 

 
 
ジルベールは死のうと言ってナイフを2本携えてきたのです。
 
 
死ぬなんて、セルジュは考えてもみない事でした。
 
でもジルベールはもうやってられないよと言って、自分で勝手に死ぬと決めてしまってるみたいです。
 
あまりに突然だったからセルジュは言葉をなくしてしまいます。
 
 
 
 
その時不審に思った見張りがドアの向こうから声をかけてきたので、セルジュが対応しているうちにジルベールは姿を消してしまいます。
 
後には彼が持って来たナイフが1本。
 
もう1本はジルベールが持って行きました。
 
 
 
ジルベールは過去にも自殺未遂を起こしております。
 
死ぬなんて考えた事もないセルジュからすればだよ、狂言なんじゃないかと軽視しがちです。
 
たとえそうであってもこういう人は自殺リスクが高いんだから、周りは相当用心しないといけないのだ。
 
セルジュは段々不吉な予感がしてきて「ジルベールを探してくれ!」と叫びました。
 
 
 
 
 
その騒ぎを聞きつけてやって来たジュール。
 
セルジュが訳を話し「ウソだと思うなら彼が部屋にいるか確かめてくれ」と言うと、サッと表情が曇ります。
 
ジルベールが部屋にいないのでオーギュストから探せと言われたところだと言うのです。
 
ジュールはセルジュが行っては逆効果だと彼を捕まえて、自分が探しに行きます。
 
 
 
 
 
その頃、ジルベールは死に場所を探すかのように雪の中を彷徨していました。
 
 
 
ジルベールにとって「死」はいつも身近にありました。
 
死を渇望するというよりも、時に生と死の境目が曖昧になって死へと誘われてしまうんでしょう。
 
それは生きる事が苦しみでしかなくなってしまうからです。
 
その苦しみを与えるのはいつもオーギュストでした。
 
 
 
 
そうしてジルベールは手首を切りました。
 
凍りつくような冷たい水に腕をさらし、もう冷たさも寒さも感じてないのでしょう。
 
そこへようやくジルベールを探しあてたジュールが声をかけます。
 
 
 
 
セルジュは来ないよ
帰るんだ
ナイフを捨てて・・
 
 
 
 うっ、自分はここを読んだ時、ジルベールの悲しさに胸が衝かれました。
 
ジルベールは今、心と体がバラバラになっちゃったんでしょうね。
 
 
どんなに嫌でも愛がなくても身体的な反応は起こる。
 
ジルベールはオーギュストによって従順に反応するように仕込まれてますから。
 
でもこれは愛じゃない。
 
ジルベールはセルジュを知って気づいたのです。
 
 
セルジュが好きなのに、再びオーギュストと肉体関係を持ってしまった事が彼を苦しめています。
 
オーギュストはジルベールを愛していると言ったけど、ジルベールの心なぞはどうでもいいのです。
 
 
 
 
 
ジルベールはナイフを突き立てようとしますが、ジュールが止めに入り未遂に終わります。
 
 
 
ジュールはジルベールの心が死へ向かってしまうほどの葛藤状態に陥っているのを目の当たりにしました。
 
セルジュはジルベールがそこまで思いつめていたとはと、涙が溢れてくるのでした。
 
しかしオーギュストは、運び込まれたジルベールに「心中しようとしたって?バカバカしい」と冷淡な態度で一顧だにしないのでした。
 
それどころか「自分への裏切りは許さない、三日後にはマルセイユへ発つ」とジルベールに一方的に告げると、セルジュとジュールが見ている前で強引にキスをしてきます。
 
 
 
 
 
さすがにこれはひどい。
 
ジュールも悲鳴を上げる。
 
内心、なんてヤツについちゃったんだろうと後悔してないか?
ロスマリネったらこんな人に仕えてたのねって不憫に思ったりして。
 
 
 
オーギュストは自分の思い通りにならなくなって苛立っているのだろうか。
 
思えばこの人はそうやっていつも、なに食わぬ顔でジルベールの心を壊してきたのだ。
 
 
 
 
 
部屋を追い出されるセルジュ。
 
茫然自失となったジルベールにセルジュは言います。
 
 
ぼくはきみを連れに来る
きっと来るから
待ってるんだ!!
ほかの事はなにも考えるな!
 
 
 
 
 
セルジュはついに、ジルベールと駆け落ちする決心をするのでした。
 
 
でもカールもパスカルも難色を示します。
 
 
カールは今までさんざん苦労や心配をかけてきたのに逃げるなんてひどいと怒り、パスカルは自分の父親に心酔するにも限度があると言います。
 
二人は友情があるからこそ、セルジュの無謀さを思いとどまらせたかったのです。
 
だって駆け落ちしてその後どうするのよ、まだ子供なのに。
 
けれどセルジュは、オーギュストは周到な男だから自分は遅かれ早かれ退学させられるだろうと予測してたのです。
 
どっちみち学校をやめさせられるのなら、ジルベールの名誉と自分の名誉のために、あくまでも自分の意思でこの学校を出て行きたいと思うのでした。
 
 
 
 
セルジュの強い決意にパスカルは一体何を思ったのか。
 
とにかくまずは金が必要だと手あたり次第にカンパを頼もうと言い出します。
 
 
ジルベールは三日後には発つのです。
 
事態は逼迫しており急がねばなりません。
 
そのため二人が駆け落ちするという噂は瞬く間に広まって行きました。
 
 
カールはそれが正しいとは思えませんでしたが、見ている事しかできませんでした。
 
だがカールが反対するように二人の駆け落ちに賛同する者がそれほどいるとは思えないのに、なぜかカンパはどんどん集まってくるのです。
 
 
 
 
水面下でこんな事になってるとはまだ何も知らぬオーギュスト。
 
そしてジルベールです。
 
 
 
 
オーギュストはジルベールを一歩も部屋から出さずにいましたが、側にいてもどこか遠くへ行ってしまうような思いに囚われていました。
 
 
 
確かにね、ジルベールのようにどう見ても普通とは違う子を育てたのはオーギュなんです。
 
でも自分は、この人がする事も言う事もどこか矛盾していてよくわからないし謎でした。
 
ところがセルジュに奪われそうになると「おまえは私の物だから手放さない」とか言い出して、急にジルベールに執着を見せて、というかもう妄執ですよね。
 
最後に人間くさいなあって思うけど、相手にゾッコンにならないとこがいいのにオーギュの魅力が半減してしまいます。
 
 
 
この作品って、セルジュとジルベールを主軸に学校を舞台にして少年たちがとっても輝いてますよね。
 
それだけでなく、様々な愛の形にドラマ性を持たせた壮大な愛の物語でもあるんです。
 
愛の形には色々あるけど、オーギュの愛ほど他人からは理解されない愛はありません。
 
オーギュは退廃と狂気に挟まれた美しい男性で、美少年であるジルベールとの関係性は暗く背徳的だけど洗練された美しさがあります。
 
まさにこの時代にひとつのムーブメントをなした「耽美」を代表するカプです。
 
 
 
 
 
ぼくがきみを連れに来る
きっと来るから
 
 
 
ジルベールはセルジュの言葉を思います。
 
かつてアスランが自分を迎えに来る日を信じて待ったパイヴァの姿と重なりますのお。
 
 
 
 
二人の駆け落ちの計画は多くの生徒たちを巻き込んで着々と進みました。
 
 
金をカンパする者。
 
衣類を提供する者。
 
馬車屋の知り合いを紹介する者。
 
 
 
学校という鳥かごで支配される少年たちの体制への反発心が、セルジュをまるで自分たちの代弁者のような気持ちで見るようになっていました。
 
 
 
たとえこの駆け落ちが見果てぬ夢であっても。
 
 
 
 
 
 
ロスマリネの元へは、この計画の密告文が届きます。
 
しかし彼は一笑に付し手紙を握りつぶします。
 
 
 
 
 
もう会えないかもしれない。
 
世話になった人にせめて手紙を残すセルジュ。
 
 
やっぱりアスランと被るねえ。
 
ワッツとルイ・レネとルーシュ教授はよもやまさかそんな、アスランに続き二度も同じ目に遭う事になるんです。
 
父親の真似をしているとパスカルに指摘されても仕方ないでしょう。
 
 
申し訳ないけれども、今はこうするよりない。
 
 
アンジェリンも、当然オーギュストとの婚約は破棄だろうて。
 
 
まあ恨まれるかも知れんが結果的にはその方がよかろう。
 
 
 
 
思いはつきねえ・・・