風木部

溺愛「風と木の詩」

風と木の詩その30 第六章陽炎②

 
青春の時がゆっくりと、だが確実に過ぎ去って行きます。
 
そんな止める事のできない時間の流れの中で、激しく熱くピアノに身をゆだねるセルジュの姿がありました。
 
 
 

 
 
 
セルジュのピアノは彼の思いのはけ口。
己の叫びを音にして、彼の心の動きがまさに響いてくるようだ。
 
ルーシュ教授は「こんなに無茶に弾き続けたら指を壊す」と心配するルイ・レネにそう言い、弾かせなかったらセルジュの精神が乱れてしまうと考えていました。
 
悩めるセルジュよ。
 
 
 
 
 
 
 
一方、物憂い雨の日の事───
 
セルジュは通りがかった温室の中で上級生のレオと逢引するジルベールを見てしまいます。
 
セルジュを邪険に突き放し、今この時の欲望に身を委ねようとするジルベール。
 
その妖しく切ない美しさを、官能的な匂いを充満させながら燃え上がっていく姿を、セルジュは魅入られたように見つめていました。
 
 
 
笑わないでやって
 
 
覗き見しようと思ったわけじゃないんです。
 
だけど目が釘付けになって、見つかるまでつい見つめちゃったの。
 
レオとジルベールにからかわれて「キスくらいしてやるよ」って嬲られると、セルジュは言葉もなくその場を逃げ去りました。
 
 
 
 
そして向かった先は・・・・
 
ワッツの部屋でした
 
 
「剣を一手お願いします!!」
 
おおっ、男の子よ!
 
誰にも相談できずにくすぶってる思春期の感情は、取り合えず身体を思い切り動かして吹っ飛ばそうではないか。
 
恥ずかし気もなく、真っすぐにもがくセルジュよ。
 
まあワッツはこんな時はきっと話が分かる大人だと思うけど、相手をさせられて大変ですね。
 
 
 
 
 
 
そんな中、カールに代わって下級生係を命じられたセルジュ。
 
この学院は小さい子は八歳ですから、親元を離れて身の回りの事は自分でできるようにならなくちゃだからね。
 
大きい人が面倒見てあげたりして共同生活の中で自主が育っていくんですよね。
 
下級生はにぎやかで楽しそうだ。
 
子供だから思春期のお悩みなんてまだないし。
 
 
 
 
 
さて、そんなセルジュの元に特別な面会人が来ているとの知らせが───
 
 
 オーギュスト・ボウ!
 
 
 
名刺ですね。
 
名刺は人を訪ねて行って不在だった時、自分の名前を書いたカードを残して来たのが始まりだそうです。
 
18世紀になると名刺はヨーロッパの社交界でも盛んになりました。
 
銅版画を入れた美しいものが流行ったそうです。
 
 
 
 
このセルジュにオーギュストの名刺を持って来た少年は、ロスマリネの側小姓みたいな子ですが、確か竹宮作品のスターシステム的なヤツで他の作品にも出てたんですよね。
 
なんだったかなー。ちょっと思い出せないんですけど。
 
 
この子がねー、ロスマリネの手先だからセルジュが部屋を出て行った後、オーギュストの名刺を落としていくのね。
 
わざとらしくジルベールの目に触れるように。
 
ジルベールはそれを見てオーギュストが学院に来てる事を知るわけです。
 
何とも回りくどい事で・・・
 
 
 
 
 
 
実に、いい人を装ったオーギュストでございます。
 
オーギュストの用件とは、従妹のアンジェリンと叔母が一緒に来ているから、明日こちらに連れてくるというものでした。
 
セルジュはある程度予想してはいたものの動揺を隠せません。
 
 
 
アンジェリンには会えない・・・・
 
 
 
あれは自分の罪だと思っているセルジュには、彼女が自分に会いたがるはずがないと思い込んでいましたのです。
 
しかしオーギュストは「彼女は本当は君に出て行ってほしくなかったのだ。君に出て行けと言ったのは、それは女性の誇りというものだよ」
と言い聞かすのでした。
 
なるほどね。
 
セルジュはまだ未熟だから出て行けと言うアンジェリンの言葉を鵜呑みにしてしまいましたが、オーギュストは人の心の機微をよくわかっています。
 
しかしながら、親切そうに見えるオーギュストの振る舞いもジルベールを苦しめている人と思うとセルジュは複雑でした。
 
それになにか真実が水面下に隠れているようにセルジュには感じられたのです。
 
 
 
 
 
 
翌日は全学ミサの日でした。
 
この日のミサは生徒総監が聖書の朗読を代行しました。
 
 
 
 
 
オーギュストはロスマリネを褒めますが、ロスマリネは心の中ではオーギュストを背徳者だと罵っています。
 
「今に見ているがいい。お前たち二人など聖堂に入れなくしてやる!」
 
立ち去るオーギュストの後ろ姿の次に、ジルベールを目の端に捉えてロスマリネはジリジリするような思いでいました。
 
ロスマリネは外見の美しさに対して内面の美しくないギャップが妙味です。
 
 
 
ジルベールもまたオーギュストの姿を見つめていました。
 
そのジルベールをセルジュは見ています。
 
それぞれの思いが交錯する聖堂で、ジルベールは新しいゲームでも思いついたようにセルジュに声をかけます。
 
「君の隣で今日一日授業を受けていいだろう?」って。
 
 
 
 
ミサの間ずっと、ジルベールは瞬きもせずにオーギュストを見つめていました。
 
その姿がセルジュの心に影を落とします。
 
セルジュのモヤモヤはイライラへと変わり、なんのつもりか知らないけどもう心配してやるものかって腹が立ってくるのでした。
 
 
 
 
 
 
で、セルジュが朗読するのが倉田百三の「愛と認識との出発」です。
 
倉田百三は「出家とその弟子」を描いた作家で、大正10年に岩波書店から刊行された「愛と認識との出発」はベストセラーになり、若い人たち特に倉田の出身校である旧制一高の生徒に愛読されました。
 
 
 
若い人たちが悩むのは当たり前の事である。
 
特に知的な若い人たちが最も悩むのは性の問題である。
 
 
 
 
フランスが舞台なのにわざわざ日本文学を出して来たのは、こんな内容がセルジュにマッチしてるからなのかな。
 
それを体現するかのように、隣に座ったジルベールがセルジュに触れようと手を伸ばしてきます。
 
どこまでセルジュを嬲ろうと言うのか。
 
でもセルジュも負けてません。
 
何しろ今は腹を立てていますから。
 
 
 
 
 
いきなりセルジュがジルベールに手を上げたので皆ビックリしてしまいます。
 
でもこの場に居合わせた人は面白いよねー。
 
学院一の美少年に堂々と手を上げたんだから。
 
上手くすれば女の代用品になるのにもったいないと下衆な考えを持つ者もいたりして。
 
 
 
 


ジルベールが教科書とまったく違う朗読をするので、先生が怒りだしてしまいます。
 
この先生はすぐ逆上するタイプの上、最初からジルベールが気に入らないみたいです。
 
 
 
 
 
黒板消しでバンバンやって。
 
もうクラス中が大騒ぎです。

さっきまで怒っていたセルジュも先生を止めようと必死になります。

こんな時でもジルベールは決して逃げない事がわかってるからです。
 
カールが咄嗟に石板で先生を殴ろうとすると、パスカルが同じ事を考えて先生の頭に命中させました。
 
男の子って無茶をしますよね。
 
 
 


結果、立たされる。
 
 
でも4人はなんだか楽しそうです。


それに引き換えセルジュとジルベールときたら、目が痛むジルベールを心配して目を見せろと言っても、誰がお前なんかにと見せません。

あまりしつこく言うと、怒ってセルジュを突き飛ばしてくるし。

やれやれと思いながらも、どうしてジルベールはここを離れないのだろうかと考えてみます。
 


その時、またセルジュに特別な面会人が来ているからすぐ院長室に来るようにとの知らせが。
 
オーギュストです。
 
そうか、これを待ってたんだ。


 



ジルベールが走り去ります。

行けばいい。

そんなに会いたければ行けばいい。



オーギュストを求めながら、心を通わす手段が見つからないまま涙を光らせていたジルベール。



セルジュはあの時の光景を思い出していました。

地上に落ちて来た堕天使さながらの二人の姿だけが、真夏の陽炎のように揺らめいていた日。