風木部

溺愛「風と木の詩」

009 風と木の詩その61第八章ラ・ヴィ・アン・ローズ⑧

しんしんと降り積もる雪の中でジルベールはボナールと再会したのです。

 

この人はまあジルベールとは知らずに声をかけてきて、少年相手に今だにそういう犯罪まがいな事をしてるのだろか。

しかしまあ今この場でボナールに会えたのは神のご加護か天祐か。

凍え死ぬとこだったもんね。

 

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ここはボナール邸。

室内は暖かく豪奢な調度は二人が暮らす部屋のみじめさとは大違いで、セルジュは心が折れたようにしょぼんとして座っています。

おやジルベールはいずこ?

セルジュは空腹に耐えかね新聞紙に包まれた焼き栗をポケットから出します(もうさめちゃったね)

すると「ほうっといてすまなかったね」と現れたのはボナールの弟子のルノーで、温かいスープを持ってきてくれました。

ジルベールは先生がみているからと言って、セルジュにもっと暖炉に寄って暖まるように勧めてくれます。

が、ジルベールには旧知かもしれんがセルジュにとっては見ず知らずの人ですから遠慮してしまいます。

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そこへジルベールがボナールに抱かれて登場。

風呂に入れてもらって温まって着替えもしてる。

(セルジュはほっとかれてたのに・・・)

 

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セルジュを気にかけるジルベールが抱きついて来た事で、セルジュはようやくホッとします。

抱き合う二人の姿に「神はこんなきれいな二人を見捨てようとしてたってわけか」とボナールが呆れると、すかさずルノーが「拾う神もありますよ」と返しボナールが豪快に笑う。

ポケットには小銭しかなく、凍えながら一日中彷徨った二人。

二人が忘れかけていた豊かさがここにはありました。

セルジュが礼を言うとジルベールは「礼なんかいいよ。ボナールはぼくがいるだけで喜ぶんだから」と言い出しセルジュは慌ててたしなめます。

ジルベールのそういう所が気に入っているんだとボナールは笑い、何日でもいてくれていいからと言ってくれるのです。

 

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なぜに裸で?

今ではすっかり「いい人」なポジションになってるボナール。

ですが、彼は元々はオーギュストの所にとんでもねー美少年がいると聞いてジルベールを買いに来たんだからね。

それが叶わないとわかるとまだ幼いジルベールをさらって、暴力で幼児姦に及びボロボロにしてしまいました。

ジルベールに刻印された記憶を上書きするように、オーギュストはジルベールを抱き、それが支配の始まりでもあったわけです。

まったくもって酷い大人たちばかりで、ジルベールの人生はこの世に生まれ落ちた瞬間から悲劇的です。

子供を性的な対象にする変態は断じて許せんのだが、その後のボナールが示したジルベールへの深い愛は人間の多面性を感じさせます。

ナチスの高官がユダヤ人に残虐行為をする一方で家庭ではよき父やよき夫であったのと同様に、たとえ人さらいのペドでも人にはまた違う一面があるのである。

ボナールはジルベールに誇りを忘れるなと教え、オーギュからの呪縛を解いてやろうと決闘までしました。

それほどジルベールを愛してくれた人が目の前に現れたのは僥倖なのであろう。

なのにセルジュは自分の知らないジルベールの思い出やこの場の雰囲気に疎外感を覚え少し悲しくなります。

ジルベールが明るい笑顔を見せるので、複雑な気持ちになります。

 

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それはそうとして、家賃は待たないと言われている現実に追いつめられ、セルジュは仕事を探しに行きますが見つかりません。

そんな時に不意に街角でダルニーニの部下に絡まれ、仕事がないのはジルベールが原因だったと知らされます。

ダルニーニはジルベールをあきらめてはいなかったのです。

セルジュはヤキを入れられ、助けてくれた娼婦と投げやりになり事に及んでしまい、自分もジルベールと同じだと自己嫌悪に陥ります。

娼婦の安香水の匂いをさせて帰ったセルジュは、ルノーからジルベールと会う前に水でも浴びて来いよと忠告されます。

どこまでもみじめなセルジュでありました。

自分が職さがしに外出してる間、みんなでピクニックに行ったとジルベールから聞き、おまけにボナールからもらったとケロリとして大金を出すのでセルジュは狼狽します。

セルジュは血相を変えその金を持ってボナールの所へ行ってしまい、ジルベールはあのくらい昔は毎日のように使ってたのに・・・と納得がいかないのでした。

 

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セルジュは礼儀正しくジルベールにもらった金は受け取る理由がないからと返しますが、今は切羽詰まってるので家賃分だけは借りることにします。

まさか金を返してくるとは思わなかったボナールはセルジュの気真面目さに驚き、同時にジルベールがなぜこの少年といるのだろうかと考え込んでしまいます。

ジルベールの相手にはそぐわないからです。

だからこそジルベールから聞いた夢のような逃避行の話があり得たのかもしれない、とも思うのでした。

  

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セルジュはその足で慌てて家賃を払いに行きますが、パットが気を利かせて払ってくれていました。

「美人」と書いて「シャン」と読むとか時代ですなぁ。

パットにまで迷惑をかけてしまい、セルジュは早く仕事を見つけなければと焦ります。

 

一方ジルベール様はと言えば、もうすっかりボナール邸でくつろいでまして(ボナールの屋敷には温水プールもあるのだ)

  

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なんかもう裸で泳いだりして楽しそう。

 

セルジュはジルベールの姿が美しくまた満ち足りているのを、切ない気持ちで見つめていました。

かつてジルベールは、選ばれた人にだけ音色を聴かす金色の竪琴のようだと表現された事がありましたっけ。

孤高とも言える彼の美しさに、この屋敷もボナールが用意してくれる高級な服も何もかもがジルベールにふさわしく、力のない自分にはそれらは与えてやれません。

さりとて、ここでジルベールのようにボナールの厄介になって暮らすなんてセルジュにはできないのです。

それならいっそジルベールをここに置いていこうとセルジュは決心します。

 

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ジルベールをよろしく・・・

泣きながらボナールに託すと、一人きりで去って行きました。

 

ボナールはそのさびしい後ろ姿に、セルジュが出て行ってジルベールが手に入ったしめしめ、と喜ぶよりも悩んじゃうのね。 

ジルベールはセルジュの手には余るだろう。

それはわかっていた事だけど、ジルベールになんと言おうか。

ジルベールにとって愛は至上のもの 。

自分を愛する者が自分のためになんでもするのは当たり前だと思ってる。

だからセルジュがここで暮らすのをどんなに苦痛に思っているのか考えもしない。

彼がなぜ去ったのか、ジルベールには理解できないだろうって。

 

ジルベールは育つ事のできない永遠の少年なのだ。

16才なのに体も幼いしまだ声も高い。

(まあ昔は変声期は今よりずっと遅かったからね)

ボナールの話を聞いていたルノーは「ジルベールはこの世を生き抜いていくには不適格な子だ」と言います。

しかも、このままじゃ死にますよ彼はって言うのです!?

 

ルノーくんは成長しましたな~

ボナールとジルベールは昔とちっとも変わらないのに。

 

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セルジュは父親じゃない・・・ 

それな!

父親でもないのに、社会性のないジルベールがこの人間社会に適応して生きていけるように、セルジュは様々な事を教えようと懸命でした。

でもジルベールが求めてくるのは愛だけ、だから齟齬が生じてしまう。

こんな性愛だけに特化したモンスターを作り出した(モンスターはひどいぞ)オーギュの罪業は深い。

そしてオーギュもボナールさえも、ジルベールはそのままでいる事を望んでいるのです。

ルノーが言うように、生き抜けずにやがては死んでしまうとしても。

セルジュだけが彼を生かそうとしたのかもしれません。

それがセルジュの愛でした。

 

セルジュが出て行ってしまった事を知ったジルベールに、ボナールは追うんじゃないと必死で説得します。

 

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セルジュにとっておまえは重荷なんだ。

会いたければここから会いに行けばいいじゃないか。

でも言ってるそばから虚しくなるボナール。

ああやはりセルジュでないとだめなのだ。

 

ジルベールは脱兎のごとく部屋を飛び出します。

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そして着て来たコートを選んで出て行きました。

振り返りもせずに。

 

 

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一方のセルジュは部屋にひとり戻りましたが、もう一歩も動けないでいました。

ジルベールが戻ってこないように、すぐにここを出よう。

そう思うのに。

ジルベールがボナール邸で見せたような明るい笑顔を、セルジュは自分の力で見たかったのです。

もう重荷は降ろしたんだ!

考えるのはやめろ!

ここを出るんだ!

みんな捨てて!

後悔や悲哀がさざなみのように押し寄せて来てセルジュは逡巡します。

 

 その時でした。

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階段を駆け上がって来る靴音が。

そして。

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帰ってきちゃったんだね。

まるで親を慕う幼子のようなジルベール。
セルジュがうれしくないはずはありません。

けれどもまた、二人の苦悩の日々が始まるのです。