ああ長かった二人の物語も、もうじきに終わります。
前回で、ジルベールがボナールと再会した事は二人にとっては転機でもありました。
もうセルジュには荷が重すぎるよっ。
たとえジルベールをボナールに託したとて誰がセルジュを責めるでしょうか。
でもジルベールはセルジュの側を離れませんでした。
ジルベールはセルジュしか見てないから。
たった一つの愛だけを求めるジルベールの魂。
それは悲しいくらい純粋で激しく、セルジュにとってもうれしくないはずがありません。
しかし同時に二人の苦しみがこれからも続く事でもありました。
セルジュは生活のために仕事を求めて働かねばならないし、ジルベールは一人部屋に残される事が苦痛でなりません。
その気持ちをわかっていながら「頑張るよ、ジルベール。明日はきっと仕事を見つけるから」と言わねばならないセルジュ。
言ってるセルジュも聞いてるジルベールも非常に虚しいんですわ。
ハーッ(ため息)
そうして今まさにジルベールを巡って暗躍する男たちがいました。
裏社会のボスであるダルニーニの手下どもです。
こいつらはセルジュとジルベールがボナール邸に滞在して部屋を留守にしていたのもちゃんと承知していて、二人が戻って来たのを見届けると汚い罠を仕掛けようとしていました。
今まではセルジュが仕事に就けないように裏で手を回していましたが、逆に仕事を与えてやろうと言うのです。
そうすればジルベールが昼間一人になって隙ができるに違いないから、と。
えっ!?こいつって??
とにもかくにも仕事にありつけたセルジュは懸命に働き始めますが、ピアニストの彼が肉体労働に従事する姿はなんだかかわいそう。
恋愛至上主義のジルベールは常に単純明快だけど、セルジュは色々考えちゃうから全力で働く事で当惑を誤魔化しているのかも。
アスランも妻子のために体が弱いのを無理して懸命に働きました。
もし駆け落ちなどせずにパリにいて貴族生活を送っていたなら、もっと長く生きられたはずです。
安穏と長生きする事だけが人の幸福ではないと、愛する者のために身を粉にするまで働いたのはそこに自らの生き方を見出してたから。
その点セルジュはどうでしょうか?
さて、働いて金を得たセルジュはパットが家賃を立て替えてくれた事が気がかりですんで、もしもあの公園で彼女が待っていたなら金を返そうと行ってみます。
パットはやはり公園で待っていて、セルジュを見るなり泣きながら抱きついてキスしてきます。
彼女は自分が家賃を立て替えれば律儀なセルジュはきっと返しに会いに来るに違いないと読んでやってるんで、チョット抜け目ないわねー
しかし彼女がセルジュに語る夢はこの時代の女性としては実に魅力的です。
あなたに見せたい物があるの
「働く婦人たち」を集めた写真集なのよ
女たちはきっと自由になっていくわ
窮屈な服からも窮屈な家からも解放されていくのよ
パットはセルジュが好きだと告げ、でもセルジュにはジルベールがいる事も彼がセルジュを必要としている事もわかっているから何も望まないと言います。
そんなパットが愛しくなりセルジュは抱きしめたいと思いますが、それは自分には許されないと思い直します。
一途でそばかすが可愛いパットなんですが、どうもゲイと仲良くなりたいストレート女性みたいに見えちゃってしゃーない。
一方、こちらは翔べないジルベールですわ。
なんか女性キャラの方が元気に見えてしまう。
彼は一人で天窓によじ登り空を無為に眺めていました。
思えばジルベールはいつもこうして物思いに沈んでは誰かさんを待っていたものです。
学院にいた時は違う意味でもっと元気だった気がする。
そこへ突如として賊が押し入り、ジルベールは囚われてしまいます。
男たちはおまえの退屈を紛らわせる薬をやると言って、ジルベールは薬物を注射され乱暴されてしまうのです。
なのにこの表情!!
よもやまさかそんなヤバイ!!
ハーッ(ため息)
それから数週間後、パットはセルジュが働きすぎで疲れ切ってしまっていると心配になります。
ジルベールの様子はと言うと、ふさぎ込んでいて食べさすのもやっとだと言います。
イライラして物を壊してみたり、そうかと思えば夜中に急にセルジュを起こしてすまなそうに謝ったりすると言うのです。
僕は結局悲しくなるだけで何もできない
心に痛みを抱え社会から孤立するジルベールのような人は、あっという間に薬物の依存症になってしまうと思う。
だけどジルベールの身を心配してやる人は誰もいませんでした。
疲れ切ったセルジュは無力感に浸るばかり。
パットはセルジュのメンタルもおかしくなってると危ぶみます。
もう自分の手には負えないと判断したパットは兄のパスカルに助けてほしいと手紙を書きました。
あれから一か月という事ですが、こいつらどうやらセルジュの留守にやって来てはジルベールを薬漬けにしてしまったらしい。
さてこの作品の時代は19世紀末でこれは阿片らしいのだが、なんか刑事ドラマで見るヘロインみたいで違和感があるのお。
イギリスにより大量の阿片を持ち込まれた中国では阿片はパイプを使って吸引しました。
一方ヨーロッパでは阿片とエタノールの混成物を経口で服用したのが主流だったようです。
ネットで調べただけですが、こんな風に注射で摂取したのかは懐疑的です。
阿片というと阿片窟の写真などで廃人になってしまうイメージが強いのですが、経口で服用した場合は腸管吸収を経るため遅効性で阿片中毒になっても廃人までは至らないようです。
ただし喫煙で摂取すると脳中枢系に直接効いてしかも即効性があり、中国や東南アジアでは多くの廃人を生み出しました。
とりわけ印象的なのが満洲国皇后の婉容です。
1987年の映画「ラストエンペラー」でジョアン・チェンが演じた美しき皇后が心に残ります。
彼女は夫である溥儀が清朝最後の皇帝から日本軍の傀儡である満洲国の皇帝になったため皇后の立場に振り回され続けました。
阿片中毒に陥り廃人となって無残な最期を遂げました。
いかに戦争の最中とは言え皇后であった人物がどこで死んだのかさえ不明なのです。
溥儀は彼女を愛さず絶望と孤独の中で阿片にすがるしかなかったのだと思います。
阿片は緩慢な自殺なのです。
パットに呼ばれたパスカルがパリにやって来ました。
二人が学院を駆け落ちした日以来です。
パスカルは力仕事に従事するセルジュに体が大きくなったなと言います。
なのに瘠せて手はボロボロだし、セルジュがひどい暮らしをしている事はすぐにわかりました。
パスカルはセルジュにジルベールと別れるべきだと告げます。
それはセルジュが一番聞きたくない言葉でした。
俺たちはみんなして道を誤ったんだ
おまえたち二人を逃がすなんて・・・
パスカルもカールも、あの時二人が逃げ切れるとは思っていませんでした。
なのに逃げ切ってしまったために、二人がいなくなった後で自分たちがしでかした事の重大さや後悔に打ちのめされてしまったのです。
みんな責任を感じてたんだね。
カールは懺悔のために大学へ進学せずに神学校へ行くと聞き、あんなに成績がよかったのにとセルジュはショックを受けます。
俺たちは間違っていた
現におまえたちは少しもいい方向へは向かってない
それはあたくしも同感ですわ。
セルジュは返す言葉もなく「でもジルベールは一人ではやっていけないのだ」と言おうとしますが「うぬぼれるな!」と遮られてしまいます。
一生懸命でありさえすれば人を救えるなんて考えはもう捨てろ
そしてこうも言ったのです。
ハッキリ言って俺には彼よりもおまえの方が大事だ。
本来の道をはずれて行くのを見ていられないって。
その頃ジルベールはついに阿片による禁断症状に襲われていました。
あんなものを!と思ってやめようとしても自分をコントロールできないのです。
異常な発汗と激しい痛みで痙攣するジルベールの前に少年が現れます。
まるで見計らったように。
この子はもう目がいっちゃてる。
ダルニーニの犠牲になった哀れな中毒者の少年。
ジルベールは阿片の誘惑に勝てず、ダルニーニの所へ案内すると言う彼の後をついて行きました。
パスカルの話はまだ続いていました。
いや、この話がしたかったのかもしれん。
パットとの結婚です。
でもどうして今そんな話を持ち出してくるのかとセルジュは訝ります。
セルジュはパットが見せる好意に自分だってまんざらでもないんです。
それはある意味セルジュの狡さでパスカルは見抜いているのです。
両方は取れないんだからどちらかを取るんだと、それはジルベールのためでもあると、パスカルは言います。
阿片の誘惑に負けてダルニーニに会いに来てしまったジルベール。
自分はなぜこんな所へ来てしまったのかと心は抗います。
しかしダルニーニはこんな場面は見慣れてるのでしょう。
してやったりとほくそ笑みながら、もう観念してこっちへ来いと言うのでした。
セルジュは帰ろうとした時にパットから意外な話を聞きます。
バトゥール子爵家の後見人が倒れ当主は行方知れずで存続が難しいという噂です。
セルジュがジルベールと駆け落ちしたから、オーギュは当然アンジェリンとの婚約を破棄したでしょ。
さすがの伯母も打撃だったかー
あの婚約はジルベールを苦しめようとオーギュが画策したものだけど、今になってセルジュ自身を苦しめるとは・・・
セルジュは、自分は18才になれば正式に子爵家を継ぐ身分である事を思い出すのでした。
阿片が欲しければ今晩ここで客を取れとジルベールは強要されます。
ひどい・・・
ひどい・・・
ひどい・・・
そもそも作者はなんでこんな展開にしたのか・・・
ハーッ(ため息)
パスカルの言うように、ジルベールはオーギュストといるべきだったのかと、今更ながら考えているセルジュ。
ジルベールの異変にも気づかずに。
彼の事だからまた飲み過ぎたくらいに思ってる。
ジルベールは目を開けたままで夢を見ていました。
海の天使城でオーギュと暮らした幼い頃。
初めて愛を知った日。
ジルベールの甘美な夢でした。