風木部

溺愛「風と木の詩」

008 風と木の詩その60第八章ラ・ヴィ・アン・ローズ⑦

読者諸姉よ、自分そろそろ書くのがつらくなって参りました。

この二人に穏やかな幸せは来るんだろうか。

思えばラコンブラード学院にいた頃はよかったなあ。

二人はもっと輝いてた気がする。

舞台となる学院の、聖堂や、寄宿舎や、古びた温室(ギムナジウム物の三種の神器ね)はひっそりと息づいて、美しい二人になんと似つかわしかった事か。

カールやパスカルやロスマリネやジュールや魅力的なキャラが彼らを取り巻き、ブロウでさえ今は懐かしく愛しく思えるのです。

それもこれも、大人や学校や様々なものから守られていたからこそ。

今ではその軌道を外れて飛び出した二人に寄る辺はなく、この社会のどこにも守ってくれるものはありません。

ああ以前のように、二人のやり取りを読んでニヤニヤしたり胸をときめかせたりしたいもんだのお。

わしゃあもう見てるのがつらいんじゃよ。


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ジルベールとの諍いの後も日々の暮らしに追われ、ピアノ教室の仕事を懸命に務めるセルジュでした。

ある日先生の元へ差出人不明の告発文が届いたのです。

手紙の内容はセルジュが少年と同棲していると中傷するものでした。

しかし今では娘のマレリーだけでなく、自らもセルジュを信頼するようになっていた先生は、思い切ってセルジュに、いずれはマレリーと結婚するつもりでうちの養子にならないかと持ち掛けます。

そうすれば音楽院にも行けるし、先生から見ればいい話だと思えました。

実は貴族だとは知らんもんね。

先生は、セルジュが手紙の内容を否定さえすれば信じてやるつもりでした。

 

でもね・・・するわけないじゃん

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ジルベールと別れればすべて目をつぶると言う先生に、それは出来ないとセルジュは言います。

彼と別れることは彼を殺すのと同じこと。

悲しくなるくらいに、キッパリ言い切るのです。

駆け落ちしたけどダメだったんで別れました、では済みませんもの。

セルジュに依存するジルベールが、この愛を失くしたら生きてはいけないでしょう。

ジルベールの危うさに追いつめられるように、セルジュは自分自身へ責任を突きつけるのです。

 

セルジュは恩になった礼を言うと、その場で仕事を辞めてしまいます。

何よりピアノが弾けるんだもの!

って、心から喜んでいたのに、またジルベールが原因で仕事を失ってしまったのです。

  

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数日後。

雪がそんなにうれしいのかしら。

子供のようなジルベール。

 

やれやれ、ジルベールが元気なのは、仕事を辞めたセルジュがずっと一緒にいるからなのです。

セルジュの心は沈んでいます。

仕事はまた探せばいい。

でもピアノは・・・せめてあの練習用の鍵盤があれば・・・

セルジュは再び、ピアノを弾きたいのに弾けないストレスを感じねばなりませんでした。

 

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不意打ち

そんなセルジュに、ジルベールは不意に抱きしめ頬に口づけました。(セーラーもよいぞ)

ジルベールは元気のないセルジュを慰めたつもりなのでしょう。

やっぱりジルベールは自由奔放に振る舞う妖精なのだ・・・

と、セルジュが思ったかどうか。

ジルベールのぬくもりを感じながらため息をついています。

「こうしてると何もかも忘れられるよ」

って、抱き合いながらジルベールは言います。

そりゃジルベールはそうだろうけどセルジュはそんなわけにいかんのよ。

ジルベールのように気楽にはなれない。

だって働かなければ手持ちの金はすぐに底をついてしまう・・・

金がなくなればどうやって食ってけばいいのか・・・

 

そんなわけでセルジュは必死に仕事を探して歩くのですが、街は不景気なわけでもないのに仕事は一向に見つかりません。

実はセルジュの知らない所で、例のダルニーニが根回ししてセルジュが職につけないように嫌がらせしていたのです。

そうとは知らないセルジュは、足を棒にして一日中仕事を探し回り疲れ切って戻ってくる日が続きました。

 
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ジルベールはセルジュが疲れてても容赦なかった(|||´Д`)

ただもうかまって欲しくて、それが無理だとわかると癇癪を起し、子供のようでした。

そんなジルベールと取っ組み合いの喧嘩をしようにも、セルジュは睡眠不足と疲労で息があがってしまうのでした。

ジルベールはセルジュが相手になってくれないもんだから、ふて腐れて床に転がり布団をかぶって背を向けてしまう。

セルジュはまたため息をついて、かぜをひくからこんなとこで寝るなと言わねばなりません。

こんなジルベールに、金の事なんて言ってもわかるはずない。

 

嘆息し絶望しこれまでだって二人の恋はまるで戦いのようでした。

狂おしいほどに激しく愛を求めていたジルベールとずっと誰かを愛したかったセルジュ。

まるで己の半身に出会ったようだと運命を感じたはずが、互いに支え合わねばならない今も戦いは続いていました。

片方が愛して欲しいばっかりでうまくいくはずないよ。

もう片方は愛するだけだし。

 

いよいよ金は底をつき、セルジュは家賃を待って欲しいと頼みに行くものの払えないのなら出てってもらうしかないと取りつく島もありませんでした。

そんな時にふとジルベールは海が見たいと言い出します。

マルセイユで育ったジルベール。

懐かしい「海の天使城」はマルセイユの海を見下ろして建っていました。

ここには何もない。

彼らが望んだ二人だけの世界。

ジルベールが閉じこもるこの部屋には何もありません。

薔薇も酒も高価な子羊の靴も、破れた窓から見えるのは風と雨と雪ばかりです。

 

行こうジルベール・・・

  

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それがささやかな僕たちの抵抗

ささやかな生きている印

ジルベール

きみはこんな逆境にさえそれを思いつくことができる

 

ああここからは作中で一二を争う胸を衝く切なさ。

あたくしの風と木の詩好きな場面ベスト3にランクアップしてますのよ。

竹宮恵子先生の筆に神が降臨しておりますぞ。

 

セルジュはなけなしの金で汽車の切符を買い求め、もうなす術もない重苦しい気持ちで海にたどり着きます。

 

誰もいない寂しい海でした。

カモメだけが騒いでいました。

  

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ジルベールはその景色を見つめながら

鳥になりたい

とつぶやくのです。

その横顔の切なさ。

どうでい映画のワンシーンみたいでしょ。

 

社会で生きられないジルベールのためにオーギュがあの学院に作った世界に彼は守られていました。

ジルベールはそこで男を誘惑し淫らな関係を結んでは奔放に暮らしているだけでよかったのです。

オーギュへの愛に身を焦がしながら。

けれど愛と呼ぶにはあまりに残酷な世界から、ジルベールはセルジュがくれた翼で羽ばたきたいと願ったはずでした。

でもオーギュの元から逃げても、彼が羽ばたける空はどこにもありませんでした。

 

二人はまた汽車に乗りパリへと戻りました。

パリへ近づくと雪は雨に変わり、寄りかかるジルベールは綿毛のように軽かった。

でもその頬には不思議なピンクが差していました。

心が満たされたからだろうかとセルジュは思いました。

もうセルジュの手の中にはわずかな硬貨しかありませんでした。

パリに着いてもジルベールは「アパートへは帰りたくない」と言いました。

セルジュは優しく微笑んで「いいよ、少し歩こうか」と答えるのでした。

雨がやんで湿った舗道が凍てつき始める頃、セルジュはジルベールの肩を抱き二人は寄り添うように歩きました。

そしてまた雪がちらつき始めました。

  

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人々が家路についても、セルジュは行き場のない思いを抱えながらジルベールとベンチに腰掛け凍えるしかありませんでした。

その時寒さに震えるジルベールを哀れに思いながら、セルジュはどこかへ行こうとします。

待っておいで、ここで待っておいでと何度も繰り返しながら。

 

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セルジュは逃げるようにその場を立ち去ります。

あろうことかこのままジルベールを置いていきたいという激情に駆られてしまうのです。

セルジュはそこまで精神的に追い込まれていました。

 

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そんな事をセルジュがするはずはありません。

でも一時的にも頭をよぎってしまった。

泣きながら歩く彼の姿を見て通り過ぎる人たちは訝しみますが、セルジュの涙は止まりませんでした。

この涙は悔し涙かな。

自分の無力さを思い知りあまつさえジルベールを置き去りにしようなんて卑怯な感情が生じた自分への。

でもねえ、セルジュでなくともジルベールは重荷になってしまうと思うのよ。

むしろここまでよく頑張ったよ。

 

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さて、一人残されたジルベール。

雪はしんしんと降りしきります。

寒いだろなあ。

セルジュはどこへ行ったんだろうと思うけど、たとえ戻って来なくともどうでもいいやって投げやりでした。

ジルベールも心のどこかで、いつかこの関係は破綻するだろうって醒めた気持ちがあったのかもしれません。

もう寒さで凍えて感情も思考も遠くに薄ぼんやりしてきてる。

これって凍死寸前!?

 

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そんなジルベールに声をかけてきた怪しげな紳士。

 

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ボナールでした。

 

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