セルジュがうれしそうに駆けてくる。
この知らせを早くジルベールに聞かせたくて。
セルジュはジョルジュ・ドレステのピアノ教室の助手の仕事を得たのです。
もちろん、セルジュにホの字の娘のマレリーの口利きがあったからではありますが。
でもうれしそうなセルジュの報告にジルベールは喜びもしません。
あの事件のひどい怪我もすっかり癒えたようで、ほんに丈夫な子やねー
ジルベールはどこか浮かぬ顔。
セルジュは再びピアノが弾ける事がうれしくて心が弾んでしまい、ジルベールの顔に暗い影がさすのも気づきません。
待ち時間には自由に好きなだけピアノが弾ける!
それだけでもぼくには最高の条件だよ。
一日中ピアノに触っていられるんだから!
セルジュとは対照的にジルベールの心は暗澹としていました。
また 一日中ここにいろってわけ
この二人は今や完全に別の方向を見ていました。
セルジュはやっと得たピアノ教室の仕事の事で頭が一杯で、がんばって金を稼いでもっといい環境の部屋に越そうと考えていました。
それはジルベールの為でもありました。
金に不自由せず洋服や調度品を揃えて、もっと人並みの生活を二人で送りたかったのです。
けれどセルジュの語る現実的な夢は、ジルベールにはまったく興味のない事でした。
ジルベールの頭の中はセルジュに愛されたいという強い思いに捕らわれています。
ただもう抱きしめられて愛されていたい、それだけ。
だからジルベールは不満でさびしかったのです。
しかしまあセルジュは人にものを教えるのがうまくてピアノの先生は適職ですな。
誠実で優しく礼儀正しい紳士で、ピアノ教室では評判となります。
ファンが増えちゃって、娘のマレリーが妨害工作に忙しいほど。
ドレステ先生も気さくな人柄で、いい助手に来てもらったと喜んでくれます。
しかしマレリーの親切はセルジュを好きだからこそなのに、セルジュは鈍感だから全然気づいてないのだろか。
仕事はうまく軌道に乗りました。
そしてセルジュにはひとつの密かな楽しみがありました。
月に一度、パトリシアと公園で待ち合わせておしゃべりする事でした。
それは他愛もない会話で友情の域を出ないものです。
パットはセルジュが好きだけど、セルジュはジルベールが好きなのをわかっていたし、利口な彼女は「あたしか彼のどちらかを選んで!!どう?」とか「ウソ!選べないの!?女と男だよ?選べないって言われること自体ショックなんだけど」なんつって、セルジュを困らせるような事は絶対言わんのです。
セルジュが帰ると、部屋の前ではセルジュが頼んだ布団屋だとか家具屋が部屋に入れず困っています。
品物を届けに来たのにジルベールがドアを開けないのでした。
セルジュが「ぼくだよ」と声をかけるとドアはそっと開きました。
「品物を届けに来ただけなのにどうして開けないんだい?」と聞くと、ジルベールは誰にも会いたくないと言うのでした。
人嫌いのジルベールは、自分とセルジュの二人だけの世界に他人が入ってくるのを嫌います。
それにしても、ちょっと表情が暗すぎる。
困ったのお
言い出したら聞かないんだからと、セルジュがワインとグラスをベッドに持ってきてくれます。
それで少しは機嫌が直るわけです。
だが根本的な解決にはなりません。
ずーっとセルジュを困らすような事を言います。
自分はなんか可愛いなーとか思っちゃったんですけど。
確かにこんな事ばっかり言われたら困るし、めんどくせーとも思うけど、なんか可愛いやだー。
メンヘラの人が結構モテる理由がちょっとわかった気がします。
新しい壁紙もカーテンもいりませんでした。
部屋にものが増えるとそれだけセルジュの帰りが遅くなるからです。
セルジュと一緒にいたい。
離れたくない。
セックスをして人と肌を重ねる以外に人との関わり方を知らないジルベール。
さびしさを紛らわせるのもセックス。
自分の方を見て愛して欲しい。
朝になっても、セルジュを仕事に行かせまいとして彼を困らせます。
離れるのはイヤ
行かないで
しかしセルジュも仕事に行かないわけには行きませんから、なんとかジルベールをなだめて行ってしまいます。
ジルベールが自分自身を空っぽだと思ってるかどうかはわかりませんが、セルジュにはピアノがあるけどジルベールには何もない。
だから無理を言って困らせて、それでも彼は行ってしまうのです。
自分を残して。
セルジュが現実を満たそうとすればする程、自分から遠く離れて行く。
そこには冷徹な目で見ているもう一人のジルベールがいました。
セルジュはジルベールの様子がなんだか変だと思いながらも、手をこまねいていました。
そこが鈍感だっつーの。
何度も自殺未遂を起こしているような人なんですから、もっと注意を払って欲しいもんだ。
そんな時にジルベールは一人で公園にやって来るのですが、そこで偶然にもセルジュとパットが親し気に話している所を目撃してしまうのです。
セルジュはパットからパスカルの近況を聞いて懐かしさに盛り上がってまして、たまたま「あなたが好き」とか言ってるのをジルベールは聞いちゃう。
セルジュは潔癖だし紳士だから、パットとは友人として話をしているだけで軽率な行為は致しません。
でもね、ジルベールとの生活に疲れたセルジュがパットに癒されていたのも事実だと思います。
ジルベールは非常にショックを受けてしまいます。
ショックのあまりその場を立ち去り、慌てたので、セルジュからもらったあのマフラーも落としてしまいます。
泡食って帰って来たジルベールを目ざとく見つけてカミイユはからかいます。
ピアノ教室の生徒が抜け駆けで贈り物を持って来たから、品物だけ受け取って追い返しといたけど、あんたの同居人モテるわねえ。
あんたの方が美形なのになぜかしら?
まったくこの娘は
ジルベールが睨みつけてもまったくひるまないカミイユは、そのうちあの中の一人とセルジュは結婚してあんたは捨てられるんだと言い出す始末。
くやしくなったジルベールはカミイユを誘惑するのでした。
その頃、セルジュはドレステ先生からピアノをほめられてましたね。
先生はピアノの才能だけでなく、セルジュの人となりも見て、身元さえはっきりしてたら本気で音楽院へ入れてやりたいのに惜しいなと思ってましたのよ。
するとマレリーが思いつめたようにやって来て、あの人の事をどう思うか?と聞くのです。
マレリーはどう見てもセルジュよりかなり年上なんですが、他の女の子に取られたくない正式に結婚を申し込みたいと泣かれてしまいます。
ハーッ!(ため息)
さてさて、何も知らないセルジュはジルベールが待ってるからと慌てて帰宅しました。
そこで目にしたのは・・・
セルジュビックリ!
まさかジルベールとカミイユがベッドにいるとは思わんよ。
まるで見せつけるかのように二人でベッドにいて、ジルベールはセルジュの出方をうかがいます。
ジルベールは怒ってほしかったんだと思う。
でもセルジュは「ごめん気がきかなくて・・」などと、もそっと言うなり部屋から出て行ってしまいます。
これに失望したのはジルベールでした。
ベッドに倒れこんで笑い出します。その目には涙が。
ジルベールはきっと怒ってほしかったのです。
オーギュストに対しても幾度となくありました。
どうなってもいいと知らんぷりしているオーギュストの気をひこうとして、わざと叱られるような事をしていました。
悪い事をしても関わりを持ちたい。こっちを見てほしい。
叱られるのも褒められるのも変わりない、かまわれない子の悲しい典型です。
セルジュはと言えば、この優等生は以前「きみはジルベールの事を知ってるようでいて何も知らないんだね」って言われてたけど、ジルベールとカミイユは男女なのだから結ばれても自分には何も言えない、なんぞとまったく阿呆のように考えているのです。
だけどジルベールを怒って「お前はオレの物だ」とか「誰にも渡さない」とかブン殴ればよかったのでしょうか。
オーギュじゃあるまいしそんな事できない。
ジルベールが求める自傷行為のような愛は彼を幸せにはしません。
夜更けて部屋へ戻ってみれば、ジルベールは起きて待っていました。
そしてジルベールから往復ビンタをお見舞いされ「真実と嘘の区別もつかないネンネ野郎」と罵られるのです。
しかしどうでしょうね。
悪いのはジルベールなのに、自分は傷ついたと怒っているのは彼の方でセルジュはキョトン顔なんですよ。
真実とはジルベールが愛しているのはセルジュだって事で、嘘とはカミイユとはほんのお遊び(って言うか、パットへの当てつけ?)だって事。
相手の嘘が見破れないのは愛してない証拠だと、ジルベールは勝手に決めつけて嘆きます。
そんなジルベールに、セルジュはただ戸惑うばかり。
恋愛依存のジルベールの世界はとても狭くて今はセルジュと自分しか見えません。
それはオーギュストがよく口にしたジルベールの無垢さでもあるわけです。
オーギュストがジルベールを無垢だと言った時、ロスマリネは失笑してしまいました。
あんな男娼まがいの生徒は汚らわしいと思ってたから。
彼の言ってた無垢とは、たった一つの愛(オーギュへの)だけを求めるジルベールの魂の無垢さです。
そして今は、ただひたすらにセルジュへの愛だけを求めている。
たとえオーギュストから逃げて来ても、ジルベールを苦しめる自我からは解放されていないんですよね。
しかしながら今回衝撃的だったのは、総受けだと思ってたジルベールがまさか女の子と・・・(女とも出来たんだね・・・)
でも作中ではみんなけっこうバイ・セクシャルだったりしますんで、同性愛者はボナールくらいですよ。
まあジルベールが男を見せたという事で。
当て馬にされたカミイユが気の毒ですが。
ひどいヤツ