「今夜仕事がひけたらこの場所へ来い」
ダルニーニはジルベールに紙片を渡しました。
自分の身に危険が切迫しているのをジルベールは感じました。
それゆえに自分の仕事が終わってもいつまでも帰らずにセルジュの近くにいたのです。
セルジュはその様子が妙だとは思いながらも、自分はまだ仕事が残ってるから先に帰るようにと言います。
哀れなことに人を頼ったり相談する事を知らないジルベールは、そう言われるとセルジュにも打ち明ける事なく、たった一人で店を出てしまいます。
その時ジルベールはわざとその紙片を落としていくのですが、セルジュは客の落とし物だろうと気に止めませんでした。
しかし夜更けの下町は人っ子一人いない寂しさで、ジルベールのような人を一人で歩かすのは危険そのもの。
彼の美しさがいつもトラブルを引きおこす事を考えれば、セルジュはオーギュストからの追っ手だけでなく他にも注意を払うべきだったのです。
案の定、ダルニーニの手下が待ち構えていてジルベールの後を執拗に追ってきます。
遂に路地裏に追いつめられ、ジルベールは無理矢理男たちに馬車に乗せられてしまいます。
一方、家に帰ったセルジュはカミイユに歌ってもらって楽譜に起こしていました。
カミイユはジルベールがいないので上機嫌ですが、セルジュは先に帰ったはずのジルベールがまだ戻らないので案じていました。
彼女はまだ12才の少女なのですが、二人の関係に気づいていて「そんなにあの子が大事なの?」と言ってセルジュを赤面させます。
そして早熟な彼女は自分からセルジュを誘ってくるのでした。
でも潔癖なセルジュはその気になるどころか説教して彼女を怒らせてしまいます。
やれやれ( ̄▽ ̄;)
まともに女の子も愛せないなんて言われてしまいました。
プライドを傷つけられたカミイユは怒って帰ってしまいましたが、 セルジュの胸中はそんな事よりもジルベールがまだ戻らぬ事にざわつきます。
ジルベールの様子がおかしかった事、帰り際に何か言いたそうだった事などをアレコレと思い出してみます。
そしてあの紙きれはジルベールがわざと落としていった物かと思い至るのです。
よくは見なかった。
どこかの店の名が書いてあったが思い出せない。
セルジュは居ても立ってもいられなくなり、部屋を飛び出すと深夜の町を探し回りました。
いた!
ああやっと見つけました。
今にも倒れそうなジルベール。
セルジュは間一髪抱き留め、家に連れ帰ります。
しかしその体は冷たく、いつもなら軽いはずのジルベールがセルジュの息が上がるほど重かったのです。まるで死者のように。
しかも、体を見てギョっとしてしまう。
ジルベールはロープで縛られたうえ凄惨な暴行を受けていたのです。
アダム(覚えてる?)に続きまたもやサディズムを持つ人物のご登場。
セルジュは傷の手当をしながら、犯人がジルベールに肉体的暴行を与えて楽しんだ痕跡を感じ取ります。
それは自分が想像するよりもずっとすさまじいものに違いないと戦慄しながら「何があったのか話してくれ!」と聞き出そうとしますが、ジルベールは何も言わずに強く首を振るだけ。
ただ抱いてと泣くばかりなのでした。
セルジュはそんなジルベールを抱きしめながら涙が溢れてきました。
なぜ言わなかった
話してくれればいっしょに帰った
ああジルベールが言うはずない
・・・アダムの時と同じように
ぼくが気づけばよかったのだ
悔恨の念にかられ悔し涙に暮れたセルジュは黙っていられませんでした。
店の支配人にジルベールが誰に暴行されたのか知ってるはずだから教えろとねじ込んだのです。
支配人は最初はシラを切っていましたが、セルジュの強い抗議に誤魔化しきれず、ダルニーニという元締めだと白状します。
しかも「目をつけられたジルベールが不運だったのだ。いずれにしろあの子はそういう風に生まれついてるのだ」と言うんです。
その言葉はセルジュを逆上させ、セルジュはその場で店を辞めてしまいました。
目をかけてくれてピアノを弾く場も与えてくれたけど、ジルベールの事をそんな風に言う支配人では、ここにいたらまた同じ事が起こるとセルジュは危ぶんだのです。
部屋に戻るとジルベールは目を覚ましていて天窓から差しこむ光に両手を透かしているのでした。
セルジュはその手を握ってあげます。
そしてジルベールに店を辞めて来たと告げます。
驚いて思わずベッドから起き上がったジルベールに、働くところなんぞいくらだってある、ダルニーニみたいな客にきみを任せる店などキッパリお別れだぜ、とセルジュは言いジルベールをたじろがせる。
でももう店に行かなくていいと言われてホッとしたんじゃないかな。
自分の上着の内ポケットを見てみろって言う。
そこには金が・・・
それはダルニーニが強引にジルベールのポケットに突っ込んだ大金でした。
自分のせいで寄る辺を失くしたセルジュに、そんな金でも「少しは役に立つだろ」と言ったのです。
でもセルジュはその金を叩きつけて今度はジルベールに怒リ出します。
自分から支配人の言ったような人間になるつもりか!?って。
だってそのとおりだ・・・と答えるジルベールが悲しい。
なんかもうジルベールは、ものの程度が限界を超えて行き過ぎちゃって気力が低下。
自分にはいつもこんな事ばっかり起こるので、やっぱり何をやっても駄目なんだとネガティブに考えちゃう。
だけど支配人の言う事も当たらずとも遠からずで、ジルベールがそのテの人に目をつけられるのは今に始まった事じゃないんです。
それに二人のいる環境が悪すぎるんですよね。
セルジュはそんなジルベールを優しく慰めるより泣きながら怒ります。
もう親の仇かってくらいに札をビリビリに破ると「 二度と二度とそんな事言って見ろ許さない!」と怒るんです。
二度と二度とそんな事言ってみろ許さない!と泣きながら・・・
その時です――
突如部屋に一陣の風が吹き込み、破かれた紙幣が舞い上がります。
パトリシアでした。
(エッ?いきなり?ノックもしないで?)
だってさ。
謝りつつも、ズカズカと部屋に入って来てさんざん探したのなんのと自分の言いたい事を言うパット。
セルジュは驚いて「ここはきみのような人が来るところじゃない」とあきれます。
驚いたのはジルベールも同様で「出て行け、外で話せよ。ぼくがいるところで話なんかしないでくれ」と顔を背けるのでした。
ジルベールにとっては女の子がセルジュを訪ねてくるだけで嫌なのに、彼女がセルジュに好意を持っている事を知っていますから穏やかではいられません。
行くんかい!
セルジュもセルジュや。
突然現れたパットにセルジュをさらわれたジルベールは呆然としてしまいます。
身も心も傷つき汚れた金と共に一人残されたのですから。
セルジュは金がないからとカフェに入る事もできず、二人は公園で語り合いました。
キチンとした身なりのパットは下町の貧しさとは無縁で、今は行儀見習いに行った先で家庭教師に雇われているのだと言います。
そしてこれからは女性も働く時代だと、自分は新聞記者になりたいのだと生き生きと語り、セルジュは眩しい思いで聞いていました。
久し振りに会った二人は旧交を温め、毎月一回この公園の東屋で会おうと約束します。
ウーム。
ジルベールが不機嫌になるから早く帰った方がいいんじゃないの。
言わんこっちゃない
帰るとジルベールはヤケになって酒を飲んでいました。
きっとジルベールの心は、セルジュは自分を愛しているから大丈夫という気持ちと彼女にセルジュを取られたらどうしようという気持ちの間で揺れ動いて耐えられなくなってしまったんでしょう。
セルジュはジルベールに「喧嘩をしたくない」と言いましたが、ジルベールの方は「ぼくはしたいね」とまったくのケンカ腰なのです。
以前のきみならいざ知らず今は彼女の方がはるかに身分が高いなどと言い出し、セルジュをハッとさせます。
学校を出なければよかったのさ
きみはバトゥ―ル子爵でいられたし
ぼくは
オーギュと離れずにすんだ
そんなの本心じゃない。ジルベールが喧嘩を売ってきてるだけだ。
そりゃセルジュもわかってはいるけど、やっぱ不快になります。
「ジルベール喧嘩をしたくないんだ」セルジュはもう一度言おうとしますがジルベールはもう止まりませんでした。
情緒不安定
同じ相手に対してここまで極端な態度を取るとは。
自分でももう何がなんだかわからないんじゃないかな。
正確には正体を言い表せない何かがジルベールの中で湧き上がって、相手を侮辱して罵ったりわざと怒らすような事を言ってしまうの。
ジルベールの誘いに乗ってはいけないとわかってはいるけど、セルジュは自分を抑えきれずにジルベールに暴力を振るってしまう。
そこから暴力的なセックスになだれ込む。
ジルベールが求めているものはそれなのです。
これは既視感があるねえ
かつてはオーギュに言っていたのと同じセリフを今はセルジュに言う。
ジルベールにはもうセルジュしか見えていません。
彼にとっては、孤独や空虚感や心の苦しみを一時的に紛らわす自傷行為のようなものなのでしょうか。
けどセルジュは・・・
ジルベールのようなメンタルの人と暮らすのは苦労を伴う。
たとえどんなに愛し合っていても分かり合えない事はあるのだ。
ましてや相手の心の傷など。
ジルベールが抱えている問題が深刻すぎてセルジュは途方に暮れる。
思ったよりも自分が立派な人間じゃない事に気がつき、現実のあいだで未来が見えなくなっている。