風木部

溺愛「風と木の詩」

02 風と木の詩その55第八章ラ・ヴィ・アン・ローズ②

 

あの人が

わたしを胸に抱いてくれる時

すべての事が忘れられる

あの人さえわたしを満たしてくれるなら

 

あなたの愛の言葉が

わたしのラ・ヴィ・アン・ローズ

 

あなたゆえにわたしがいて

わたしゆえにあなたが在る

  

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ラ・ヴィ・アン・ローズ

 

あの人はそう言ってやさしく誓ってくれた

 

それだけで

すべての事が忘れられる

 

 

 

これまで二人の学校生活を演出する背景音楽があるとすれば、サンクトゥスやアニュス・デイといった少年合唱による聖歌ですよねぇ。

 

でもここは花の都パリだもの。

 

ピアフはまだいない時代ではありますが、聖歌に代わり愛の喜びを歌ったこの有名なシャンソンが出て来まして、一気に華やかで自由な色彩を帯びた感じです。

 

 

愛する人との心ときめく甘い日々・・・

 

しかし本当に愛さえあればそれでいいのだろうかと、作者は問いかけてるような気もします。

 

そして実はセルジュもわたしたちもその答えを知っているんですよね。

 

  

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下町の薄汚れた狭い部屋。

窓は壊れ、たった一つある古いベッドの天蓋の布が襤褸切れのようでした。

 

それが二人が初めて手にした城でした。

 

ジルベールは「汚い所。すえた匂いがする」と嫌がりました。

 

それはきっとジルベールの知らない貧乏の匂いでしょうね。

 

ジルベールは「本気でここに住むつもり?」とセルジュをなじりました。

 

でもセルジュはいつもの真っ直ぐで優しいセルジュに戻っていて「心配ないよ。なんとか直すさ。ぼくらの城だものね」と笑うのでした。

 

セルジュの心はもう安定していて、ジルベールが何を言っても笑って取り合いません。

 

貧乏でもここには素晴らしい物が、それは愛と自由だと、セルジュは自らの行いでジルベールに教えました。

 

 

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掃除をし襤褸切れのような天蓋を繕い、八百屋でくすねて来た木箱をテーブル代わりに。

 

セルジュの前向きな明るさにつられて、そのうちジルベールも笑顔を見せるようになりました。

 

それはとっても屈託のない少年らしい笑顔でしてね、ジュールが見たら驚くだろうなあ。

 

 

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セルジュは思わずジルベールに「後悔してないかい?」って聞いてしまいます。

 

「してないよ。どうして・・・?」

と逆に聞かれてしまい口ごもると、飛びつくようにしがみついて来たジルベールに倒されて床の上で抱き合う二人。

 

 

 

言うなよそんなこと

もう二度と・・・!

 

 

言わない

 

 

・・・うん・・

 

 

 

 

は~、ラブラブ♡

 

しかしまあ、こんな場末に似合わぬ少年が二人引っ越して来て、ご近所ではさぞや噂になってるんではないかしら。

  

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ここに登場するカミイユという少女も、夕べはイチャラブの二人の部屋にそっと骨付き鳥モモ肉を置いていったりしてね。

セルジュは単純にぼくらを歓迎してくれる人がいるんだよって感激してましたが、あからさまなセルジュ狙いだし。

 

でも彼女のおかげで、セルジュは新しい仕事を世話してもらえたわけです。

 

  

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ビストロのちょいとニヒルな支配人に気に入られたようで。

 

カフェで朝三時間、午後二時から五時が劇場の掃除、六時から十一時はビストロの下働きとな。うーん。

いくら稼げるのか知らんけど仕事を掛け持ちして大変そうだなあ。

 

でもセルジュは仕事が増える事がうれしそうでした。

とにかくセルジュは今、どんな仕事でもやってジルベールを養わねばという一心なんでしょうね。

 

 

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ところが支配人はセルジュを気に入ってくれましたが、裏方の主任という人からはいじめられてしまいます。

 

それはセルジュの肌の色に起因していました。

セルジュはもう打てば響くような素早さで仕事が出来ちゃうし、賢いし、機転が利くし、礼儀正しいし、裏方仕事なんかさせとくにはもったいないんです。

それがまた気に入らないのね。

 

 

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自分にとって差別の対象である人間が、仕事も出来て支配人からも認められて優れているから憎悪の感情を抱いてしまうんですよ。

 

それはひどいもんでした。

 

 

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怒鳴られたり殴られたり素手なのに熱い鉄板を持たされそうになったり枚挙に暇がありません。

(おのれオヤジ!)

 

  

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セルジュがそんな苦労をしていた頃、ジルベールは一人で昔を懐かしむようにパリの街を歩いておりました。

 

美しいパリの街。

 

ジルベールがオーギュストに連れられてパリへやって来たのは10才の時でしたねえ。

その美しさと大人顔負けの気品と言動で、あっという間にパリの社交界の人気者となりもてはやされました。

まったくジルベールは不思議な子供だったと思うけど、華やかで享楽的な社交界は彼を受け入れ、ジルベールは水を得た魚のように自然に生き生きと振る舞ったものです。

オーギュストは何を考えてたのか、そんなジルベールを黙って見てるきりでしたが、ジルベールにとっては世界が自分にひれ伏しているかのような酒と薔薇と音楽の日々でした。

 

 

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ショーウィンドウに飾られた高級品の靴を見て、ジルベールは不意に悲しくなってしまいます。

ジルベールはこういう贅沢品を自分から欲しがった事などありません。

いつもジルベールの為に最高級の品が用意されていて欲しがる必要などなかったのです。

それらは当たり前のようにジルベールの周りにあって、彼の生活を美しく彩っていました。

 

あの頃、まわりはもっときれいだった。

人々は群れてぼくのまわりにいたのに・・・

 

 

そう思ったのは物が欲しいわけではなく、彼はさびしいのです。

ジルベールにはもうセルジュしかいないし、自分を見て欲しいのに、セルジュったら働いてばかりだもの。

別にセルジュは全然悪くないんだよ。

ただ、これは世間一般ではわがままと申しますが、ジルベールの中では違うんです。

彼はひたすらにセルジュに自分の方を見て欲しいのです。

 

 

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余り物とかわびしいのお

 

その夜二人は諍い、仕事でクタクタのセルジュは「何も聞かないね?ぼくが今日一日、どうやって過ごしたのか興味ないの?」とジルベールのかまってちゃんにつき合わなくてはなりませんでした。

 

 

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セルジュにとっては、ジルベールがマルセイユへ帰ってしまうんじゃないかってずっと引っかかってますよね。

でもジルベールはそんな事考えてないでしょう。

 

ただ「もういやだああああ!!」と癇癪を起してしまいます。

こんな所にいて、一日中じっとセルジュを待っているだけなんて息がつまると怒ります。

その気持ちはセルジュにもよくわかりました。

こんななんにもないとこ・・・

 

 

でも、自分のように仕事をしたら・・・

色々つらい事もあるのに・・・

ジルベールに耐えられるだろうか?

 

あれこれと思いを巡らせながらセルジュは「ジルベール、仕事してみるかい?」と聞いてみるのでした。

 

 

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そんなわけで、ジルベールの金髪に目を付けた支配人が妙にノリノリでギャルソンに雇ってくれる事になったのです。