風木部

溺愛「風と木の詩」

004 風と木の詩その56第八章ラ・ヴィ・アン・ローズ③

セルジュが仕事に出てしまうと独りぼっちで部屋に残されるジルベール。

 

そりゃあ退屈だよねー、こんななんにもない汚い部屋でセルジュが帰ってくるのをただ待ってるなんて・・・

 

セルジュもその気持ちはよくわかるけど、だからってジルベールが自分と同じように働く事ができるのか、と考えたらそれは無理じゃね?ってなるわけですよ。

 

そうは思いながらも、もし働く事ができたらそれは彼のためにもなる事だし、と考えたかどうかは知らんけど。

 

ジルベールも一緒に働かせてもらおうと頼んでみたら、なんか裏方よりも店に出た方がいいと言われちゃったんです。

 

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そんなにって、セルジュが驚く位だからかなりの高給なんだね、これは。

ギャルソンならチップもたくさんもらえるだろうし、逆にジルベールが養ってくれるかも?

 

なあんて事になるはずない。ジルベールだもの。

 

たとえ注文された物を運ぶだけの簡単な仕事だって、へいこらして運ぶわけがない。

どっちが客かわからないっつーの。

 

横柄な態度で客を怒らすわ、すぐ喧嘩騒ぎは起こすわで、セルジュがその度に店にすっ飛んでって、ほんとにもー大変。

 

やはりジルベールに仕事は無理なのだ。

  

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セルジュは自分の仕事よりジルベールが気になってハラハラしちゃう。

 

案の定ここでもジルベールは同僚から嫌われる。

 

そんなまあ前代未聞のギャルソンだけど、ジルベールだもの。

 

スゴイ美形がいるっつんで、彼目当てに店にやって来る客もいましてね、支配人はオレのにらんだ通りだぜってホクホクしちゃってね。

  

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ただ、セルジュの心は複雑でした。

 

床を磨いていた時、ラテン語で会話する客がいて、懐かしさで思わず自分もラテン語で話しかけてしまいます。

 

ラコンブラード学院ではラテン語の成績がロスマリネに次いで優秀だったセルジュ。

 

だけど自分はもう学生じゃない。

自分の今の身の上を思い出し、話しかけた事を後悔して逃げるようにその場を離れました。

 

ジルベールがあんないい加減な仕事振りで店に出る一方で、セルジュは自身の肌の色のせいで裏方の地味で安い賃金の仕事しか得られません。

 

教養もなさそうな主任のオヤジに罵倒され意地悪されて、それでも仕事の手は抜かず真面目に働くセルジュ。

かわいそうで同情してしまうけれど、彼は肌の色で差別や偏見を受ける事には慣れているし、その位で卑屈になったりはしない。

 

セルジュがつらかったのは・・・

  

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店でセルジュに声をかけて来たのは、オーギュストがセルジュの為に開いたサロン・コンサートで、セルジュの代わりに選ばれてパリの音楽院へ進んだ、アンリ・ベルナールという学生でした。

 

まさかこんな場所でラコンブラード学院の知り合いに出くわすとはね。

 

でも真面目そうな人だからきっとパリで頑張ってるんでしょうね。

 

人違いしたのかと思ってアンリはすぐに行ってしまいましたが、セルジュはとてもショックでした。

 

ルーシュ教授やルイ・レネや忘れようとしていた人たちが、忘れようとしていたピアノが、後悔はしないと決めたはずの過去の出来事が、一気に溢れ出してきたのです。

 

 

 

セルジュがつらかったのは、ピアノが弾けない事でした。

  

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セルジュは泣きながら酒を飲んでしまいました。

 

ピアノが弾きたかった。

 

あの大切にしてたアスランの形見の練習用の鍵盤は、他の荷物と一緒にアルル駅に置いてきてしまったのよ。

 

 

ジルベールも孤独だけれど、それ以上にセルジュは孤独なのです。

 

両親と死に別れて子爵家にやって来てからの彼は、母から受け継いだ肌の色に対する偏見を、家を没落させた父への悪意を、その身に痛いほどぶつけられて成長しました。

 

だから彼はいつでも周りに気を使い、誰からも好かれるような正義感の強い少年にならざるを得なかった。

 

それは必要以上に正しく振る舞う事で、両親の潔白を証明しようとするかのようでした。

 

セルジュは学院で友人たちから愛されたし楽しそうでしたが、心の傷は決して誰にも見せませんでした。

 

だから同じように心に傷を持つジルベールにあんなにも魅かれたんだろね。

 

 

 

セルジュの抱える苦しみは、ピアノを弾く事で癒されるんです。

 

教授に不義理をした事とか、音楽院へ行けないとか、正直もうどうでもいいんですよ。

 

ピアノさえ弾けたら・・・・

  

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ジルベールが側に寄って来て「元気ないね」って声をかけます。

こんな事は以前のジルベールだったら考えられません。 

 

また二人の会話が面白いよね。

 

「そんなことないさ!生活も安定してきたし、君も働いてる」

「ぼくは働くのきらいだ」って、かわいいのお~

 

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すると「愛してるよ」って洗い場で突然キスをしてくるんです。

 

人に見られてもジルベールは平気です。

 

セルジュは「よせよ!ふざけるのは」と必死で誤魔化し、ジルベールをそっとたしなめます。

「からかわれる種をまくだけなんだから、わかるだろ?」って。

 

ジルベールはそんなのわかりたくないって言って行ってしまいます。

 

セルジュは、ジルベールはああして自分を和ませようとしているのだ、と考えます。

 

まあ、元気づけようとしてるのかもしれん。

 

でも、セルジュの心が別の事を考えてるからジルベールは自分の方を向かせようとしているかのようにも見えるのです。

  

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ジルベールのいたずらなキスは同僚たちを刺激して、セルジュはまたいじめられる。

 

 

そんな時、ジルベールが店で大きな騒ぎを起こします。

  

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ああっジルベールの美しい顔があ・・

 

ジルベールは客を怒らしたからとあの主任オヤジに殴られたのです。

 

客にはケツを触らせとけって。

 

セルジュは怪我をしているジルベールの顔を見ると動揺してしまい、客全員に頭を下げてこいと要求してくるオヤジに言い返して自分も殴られてしまいます。

 

そして、謝れと言われても謝ろうとしないジルベールに代わり店に出て、怒って手のつけられない客に誠実に謝罪しました。

 

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灰皿の代わりに手を差し出してギュッと押し付けられる。

 

それを見た女性客の中には「なんてひどい事を!」と言いながら倒れる者までいました。

 

腹を立てていた客は逃げるように捨て台詞を残して出て行ったけど、店内はちょっと異様な雰囲気になってしまいました。

 

なんとか解決しなければと取ったセルジュの策が返って逆効果になってしまったのです。

 

自分はセルジュは立派だったと思いますが、セルジュはジルベールの顔が見れませんでした。

 

ジルベールが怒ってる事は容易に想像できたからです。

 

思った通り、なんであんなヤツに謝ったんだよバカと罵られます。

 

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あんな態度は軽蔑する、とジルベールに言われてしまった。

掌が熱を持って痛みます。

 

 

 

 

セルジュへの同僚の執拗ないじめは終わりませんでした。

 

降り出した雨の中、客のために馬車を拾って来いと命ぜられたセルジュは雨に濡れながら馬車を探しますがなかなかつかまりません。

 

やっと見つかって馬車が店に行くと、店では馬車はもういいと断って帰してしまい、セルジュが店に戻ると馬車が来ないじゃないかと怒られるのです。

 

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これはキツイ。

 

ピアノを弾けない辛さや失望が、セルジュを自暴自棄にしていました。

 

ピアニストにとって大事な手を火傷して、どうせもうピアノを弾く事はないんだってやけくそになって、自分の身を粗末に扱ってる。よくないねえ。



貧乏の苦しみ。

生活するための苦労。不安。

出口のない望まない選択しかない中でセルジュは疲弊していきました。