セルジュとジルベールはパリにいました。
リュクサンブール公園から程近いホテルの部屋の窓から外を眺めながら、ジルベールは雨があがったとセルジュに話しかけます。
外に出ようよ。
でもセルジュは浮かぬ顔で曖昧な返事をするだけ。
セルジュは問題を抱えていました。
パリに来てからもう一か月。
このホテルは5軒目でした。
ホテル住まいなんていい加減にして仕事を探さないと、と思いながら彼は一歩踏み出す勇気が持てなかったんです。
そりゃあもう働いた事なんてないんだもの。仕方ないよね。
それにこれはセルジュだけの問題ではなく二人の問題なのですが、浮世離れしたジルベールじゃ相談相手にもなりませぬ。
結局はセルジュが一人で背負いこむのであります。
オーギュストの支配から逃れ、ラコンブラード学院から駆け落ちしてきた二人。
彼らに否応なく降りかかって来たのは現実の生活でした。
セルジュは今日こそ勇気を出して仕事を探すために出かけようとします。
が、ジルベールときたら今夜はちゃんとしたいいレストランで食べたいとか言い出してセルジュを呆然とさせるのです。
そっか、そっか
なんでも好きなものをお食べ
って言ってやりたいが・・・
ジルベールは懐かしいパリに来れて嬉しそうだけど、二人で歩いているとすれ違う人たちが皆見てるような気がしました。
追っ手を警戒するセルジュでしたが、ジルベールが美しいから見てるのだと気づきます。
どこにいたってジルベールは目立つのでした。
すぐにそのテの人からお声がかかるし。
セルジュは気が気じゃない。
セルジュはジルベールにホテルに住んでたら金がかかるし、パリに住むって決めたのなら家が必要だと話します。
でもジルベールはホテルなら召使いを雇わなくてもいいし面倒がないのに、とセルジュの言ってる意味がすぐに理解ができません。
二人だけなんだから召使いなんていない事、つまり食事を作るのも掃除も自分たちでしなくちゃいけない、という所からセルジュは話さなければなりませんでした。
生活ってそういうものなんだよ。
そして、まだ仕事も見つかっていない現在、部屋をひとつ借りるのがやっとだと言う事も。
それを聞いたジルベールは「ハッ!それじゃあ学校にいる時よりひどいね」とつぶやきます。
セルジュはその言葉に「なんのために学校を出て来たと思うんだ!」と不満を募らせるのでした。
一方ジルベールは、セルジュの言う現実なんてものは見たくなかった。
刹那的なジルベールには未来予想や現実の生活なんて考えられなかったのです。
こんな暮らしがいつまでも続くとも思ってなかったし、それならせめて夢の中で暮らしたいなどと漠然と思うだけでした。
ジルベールの空っぽでさびしい心を見透かしたように花売りの男が花束を差し伸べます。
マダム、お安くしときますよ。
こんな展開は何度も見て来た。
悪ふざけをして笑うジルベールをセルジュがあせって嗜める。
仲睦まじい二人を。
でも今は二人の温度差が大きい。
セルジュは下町の方へ。
場末じゃないと身元不明の子供二人に貸してくれる部屋なんかない。
二人は15才です。
清潔で身なりの良い二人はどう見ても訳ありな風情。
危なくないのかな?
三か月分の家賃を前払いするからと交渉しますが、仕事を決めてから来いと断られてしまいます。
するとジルベールの姿が消えてしまい慌てて探すと、路地裏に連れ込まれてキスされちゃったというね。
セルジュ逆上するが敵は逃げ足が速くジルベールからは「遅いよバカ」と怒られる。
なんかもうジルベールは目が離せない。
帰路、あんな薄汚い所に住みたくないと言うジルベールに、セルジュはカッとして声を荒げてしまう。
道の真ん中で口論になる二人。
と言うよりはセルジュがイライラして頭に血が上ってるのです。
セルジュだってあんな所に住みたくはないけど、他に方法がないと思い詰めてるからついジルベールを責めるような口調になってしまいます。
いつまでもプンスカのセルジュの後ろをついて行くジルベール。
ジルベールは疲れてお腹もすいたし、セルジュに立ち止まって欲しいのに、セルジュったらズンズン行っちゃうのよ。
ジルベールはセルジュに手をつなぎたいと願います。
まるで母を慕う幼子みたいに。
セルジュの背中に心の中で訴えてみるけど、セルジュはもう頭が一杯でジルベールの事など無視するように先に行ってしまいます。
ホテルにやっと戻って来たけど、セルジュは口も利かない。
するとジルベールは
「ねえ・・?」
「レストランへ行こうよ」
と話しかけるのでした。
やめてくれよもう!
セルジュは切れて怒鳴る。
でもいいじゃないか、今夜は・・・
二人でおいしいものを食べよう
きっと元気がでるよ・・・
その場を取り成すように誘うジルベールに ブチ切れたセルジュは思わず
「そんな気でいるのなら学校を出なければよかったんだ!マルセイユへ連れ戻されればさぞ優雅な生活ができたろうにさ」
と言ってしまったのです。
黙って聞いてたジルベールは急に「帰るよ」と立ち上がります。
帰ればいいんだろマルセイユに
さあジルベールのターンだ。
鮮やかに別れを告げ部屋を出て行こうとします。
まあ、そうなるよね。
セルジュ言いすぎなんだよ。
顔色を変えたセルジュは行かせまいとジルベールにつかみかかろうとします。
帰れって言ったろ!言ってない!でもめる。
そして出て行くと言って聞かないジルベールに激高したセルジュは、ジルベールを殴ってしまうのです。
ジルベールは華奢で弱いのだから暴力を振るうのはよくないと、カールが言ってたのに。
セルジュに助言して力になってくれた友人はもう側にはいないのです。
捨てて来たのに・・・
学校も、持ちものも、友だちも!!
うまく行かない現実に打ちのめされて、セルジュはやるせなさに涙がこぼれてくるのでした。
しかし次の瞬間、ジルベールはこう言います。
なぜ、ぼくを殴るんだ?
悪いのはそっちだろ
結局部屋も決められずにただ疲れて、気持ちが荒れて、だからこそ気休めにレストランへ行こうって・・・
なんでそれが悪いのさ?
たとえ高くたって、こんな気まずい嫌な時間をすごすよりずっといい
そう言われて、セルジュは我に返ります。
みじめなのは嫌だ
みじめになるために来たんじゃない
そうだ。
ぼくは自分からみじめになってた。
二人の間に沈黙が流れ、時計が時を刻む音だけが部屋に響くのでした。
窓の外にはパリの夕暮れが。
ようやくセルジュが口を開き、レストランへ行こうとジルベールを誘います。
でもジルベールは今さら嫌だと答えます。
殴っといて、謝りもしないで・・・
セルジュが「ごめん」と言い切らないうちに、ジルベールはセルジュに抱きついたのです。
セルジュの涙は止まりませんでした。
ジルベールはセルジュを癒すかのようにベッドに誘いました。
運命のように出会い、孤独な魂を寄せ合って結ばれた二人。
手に手を取ってパリへと逃れてきたけど、二人を待っていたのは苦しい現実でした。
そしてこの駆け落ちは誰が見てもセルジュが 父親のした事を反復してるようにしか見えません。
でもアスランにとってパイヴァが素晴らしいパートナーだったように、ジルベールもそうかと問われればこれは疑問です。
パイヴァはアスランのすべてを受け入れて理解してくれたけど、ジルベールはセルジュを苦しめるだけにしか見えない。
それに、殴られても平気でいるジルベールのメンタルも問題です。
自分を傷つけたくて相手をわざと怒らすような事を言うのは、ブロウや不良学生たちにジルベールがやって来た事です。
傷ついた心の辛さに耐えきれなくて、もっと自分を傷つけようとしてしまうのです。
だけど美しい二人。
「ラヴィアンローズ」はエディット・ピアフが有名ですが、この時代からあったのかな?
セルジュは17と年を偽ってなんとか雑役の仕事を見つけました。
それで部屋を借りる事もできたのです。