あれから二週間、脱走事件は誰にもバレる事なく、秋は深まっていきました────
セルジュは、カールとパスカルにジルベールの事を相談していましたのよ。
ジルベールを連れ戻しはしたものの、彼の行動に頭を悩ませてると言うのです。
たとえば朝なかなか起きないから、セルジュが授業に遅刻してはいけないだの時間を守らねばならないだの言っても、まるで聞かないとか。
授業に出れば出たで隣の席から授業に関係無い事をセルジュに囁いてくるとか。
「ねえセルジュ、思い出したんだ。あれは嘘だよね。オーギュは婚約してないよね。オーギュは・・・」
ってずっと言ってくるっていうね。
それでセルジュは、授業中のお喋りを咎められ校長から皆の前でひどい折檻を受けたっつーのです。
もっともこれはジルベールと親しくするセルジュへの校長のやっかみではあるのですが。
皆で興じているボール遊びの仲間に入れてやってはみたものの、ルールも知らなかったために皆が苛立ち始め、するとそのボールを持って逃げてしまったり、そのうえボールを丘の下に蹴ってしまったり、それをセルジュが後で探しに行ったんだとか、うんぬん。
つまりはセルジュ以外の人にはなじめないし、集団行動もできないのであろう。
それっつーのも、これまでのジルベールは授業もろくに出た事がないし、自由きままにやりたい放題で誰からも咎められなかったですやん。
ある意味自分は大人で同じ年頃の子供たちとは距離を置いてきたのに、学校での集団行動なんぞと改めて言われてもジルベールにはどうしたらよいやらわからないわけです。
そうそう、パスカルの言う通りだと思う。
自分が被害者みたいに愚痴るセルジュにパスカルはあくまで辛辣です。
セルジュはただジルベールを助け出したい一心で先の事など何も考えてなかったのですが、パスカルは身の程知らずだとあきれてしまうのです。
放っておけば良かったものをわざわざ連れ戻しに行って、今更何を言っておるのだと思ってるのでしょう。
「ジルベールはなぜああなんだろう?集団行動がとれなければ困るのは自分なのに」
セルジュって???
誰よりもジルベールの事を知っているはずなのにそんな事を言うなんて。
社会に適合する事が難しいのは彼の責任ではないのです。
事情を詳しくは知らないパスカルの方がかえってよくわかっているのである。
ジルベールは生まれつき育てられてない子です。
子どもは親から愛されて、社会の中で生きていけるように様々な事を教わり、やがて自立してゆくものです。
でもそんな人間らしい幼少期なんて彼にはありませんでした。
ただオーギュストに仕込まれた愛玩動物のようでしかなかったのに、学院に送りこまれた後も物理的には離れていたって常に影のように側にいてジルベールを支配し続けました。
しかしながら子供は成長します。
今ジルベールはオーギュストの手を振り払い自分の意思で学院に留まっています。
と言えば聞こえはいいけど、ホントに心の平静をやっと保っているような状態なのよ。
思春期になったジルベールはセルジュのせいでオーギュストとの関係がいけないと感じるようになりました。
とは言え彼の呪縛から逃れられないジルベールはオーギュストと離れ一人になる事の不安や恐怖の方が大きくなってしまうのです。
だからセルジュに依存を深めてしまうのであり、セルジュがそこをよく理解できてないみたいだからジルベールは懊悩してしまう。
パスカルはこう言います。
「おまえにオーギュストのかわりがやれるのか?」と。
恐らくこれがきもなのよ。
パスカルは人間観察の巧者だから核心をついている。
そりゃオーギュストのようなわけにはいかないけど、それでも彼の手の中にいるよりはいいじゃないか。
セルジュはそう言いますが、果たして本当にそうだろうかとパスカルは思うのでした。
ジルベールは森の中を一人彷徨う。
なんつーか、もうメンタルはズタボロに弱っている状態で自分でもどうしたらいいのかわからなくなってしまったのでしょう。
そんな時に森の中で不意に見かけたジュールをオーギュストと見誤ってしまうのです。
オーギュかと思わず抱きつき、オーギュではないと失望してしまいます。
ジュールは自分が15才の時に彫ったのだという、手彫りのマリアを刻んだ木の幹を特別に見せてくれます。
こんな自分だけの秘密の場所を教えるなんて事は他の人には絶対しないでしょうね。
しかしジルベールはなんだか様子がおかしく隅で震えているばかりで、今まで警戒はしても怖がる事なんてなかったのにとジュールは怪訝に感じるのです。
そしてロスマリネにオーギュストからの手紙がきていた事を告げると、ジルベールは当然聞きたがります。
そんなジルベールにジュールは静かに問いかけます。
「きみは本気でオーギュスト・ボウとセルジュをとりかえるつもり?」
パスカルは純粋に人への探究心からよく洞察してると思うけど、ジュールは徹底したリアリストです。
ロスマリネのような甘い夢も見ないし、セルジュのように激情にかられて後先考えず行動したりもしない。
時には冷酷なほど物事の本質を鋭く見抜くジュールの目が、セルジュにはジルベールを受け止める力はないと忠告しているのです。
セルジュを人の心の奥まで知らない間に踏み込んでくる人間だって言いますが、それはロスマリネの事を言ってるのだろうか。
ロスマリネがセルジュに魅かれてしまったのをジュールは苦々しく思っているのかもしれません。おれのロスマリネを・・・つって。
しかしジルベールはジュールの忠告に耳を貸しませんでした。
自分はとりかえるつもりなんてないよ。
ただオーギュはセルジュに卑怯な事をしたから、自分は戻ってきたのだ。
ジュールはそこで、オーギュストがセルジュの従妹と婚約した事を告げます。
ジュールはこれ以上セルジュの側にいるとジルベールがボロボロに傷つくだけだと、そう考えてましたのよ。
ジルベールはセルジュに聞きたいのに、なかなか帰ってきません。
暗くなった部屋に一人、時計が時を刻む音だけを聞きじっと耐え続ける。
そこへやっとセルジュが帰ってきます。
セルジュはパスカルとカールにジルベールの事を愚痴ってたから遅かったのである。
帰ってくるなりジルベールから嘘つき呼ばわりされて「オーギュストは婚約なんかしてない」という嘘がばれてしまった事がわかります。
これはジルベールをマルセイユへ帰らせるためのオーギュストの策略なんだとセルジュは懸命に説明します。
すると今度は、セルジュは自分のために何もしてくれないんだからそれは帰ってもいいって事だよねと難癖をつけてくるのです。
「きみは何もしない」
二人はそれで大喧嘩になります。
ジルベールがセルジュに求めているのは肌と肌の温もりなのです。
セルジュが押し付けてくる、年頃の子供らしい学校生活や友人などというものはジルベールにはどうでもよいのです。
それはどっちが正しいとか間違ってるという事ではなく、二人の価値観がまったく違ってるわけです。
ジルベールはセックスで体を繋ぎあう事でしか人と心を繋ぎ合わせる事ができない。
オーギュストにそう仕込まれたからなのですが、まったく悲しい性ですわ。