風木部

溺愛「風と木の詩」

風と木の詩その41 第六章陽炎⑬

「私も彼を愛してる」
「きみには渡さない」

それを知らせるためにここへ呼んだのだと、オーギュストは言いました。

まるで人を寄せ付けない厳然とした様子にセルジュだけでなく読み手も言葉を失くしてしまう。

なんかこう、この二人の間に誰かが入る隙などあるのだろうかと思わせるんです。
 
オーギュストはこの時もうジルベールを学校には戻さないつもりでいました。

セルジュにジルベールを諦めさせ一人で学校へ帰せばいいと、そういう事だったんだなと、ここにきてオーギュストの魂胆がハッキリしたわけです。
 


ジルベールを巡り、今や対立しようとしている二人です。

しかしオーギュストのような人にセルジュが勝てるはずありませんよ。
 
それはセルジュにもわかってるから暗く悲しい気持ちになってしまいます。



その夜、隣室から漏れて来るジルベールの喘ぎ声を聞きながらセルジュは気も狂わんばかりになってしまう。

こりゃー地獄じゃ

そんで思わずドアに近づくと・・・(ジルベールの部屋とドアで繋がってるようです)

 


なんとドアが開いてたというね(オーギュが開けといたんでしょうか)

オーギュストはセルジュが起きて聞いてるのをわかっていてこれみよがしに行為に及んでいたわけです。

今度はセルジュが見ている前で狂態を繰り広げるオーギュスト。

ジルベールは気持ちよくなってるだけだからいいとして、セルジュの方は生きた心地がしませんよ。

正気の沙汰とは思えん。
 

さんざ見せられた挙句の果てに、きみは速やかに学院の寮のベッドへ帰りたまえ、と言われてしまうのです。

かわいそうだのお
 


翌朝、セルジュが遅く起きてくるとジルベールはあっけらかんとして「夕べは疲れた。無理矢理されて」なぞとのたまう。

けれどオーギュストがあれこれと命令口調で言ってくるのには結構反抗的です。

そしてのろけてるようでいて、浮かない表情のセルジュの首につけられたキスマークにもちゃんと気づきます。

それは昨夜オーギュストに戯れにつけられたものです。

しかしさしものオーギュストも今回ばかりは焦りがあるような気がします。

ジルベールの心がセルジュに傾きつつあるのを当人たちよりも彼が一番気づいてるんだろう。

以前はこんな事する人じゃなかったのに、セルジュの前でジルベールにキスを強要します。
 
 

セルジュは居たたまれず逃げるように走り去ります。

いやだ。
いやなんだ!ジルベール!

そりゃあそうだよね。
 
脳裏にリフレインするオーギュストの声が「帰れ、帰れ」と言っています。

勝ち目なんて最初から無いんですもん。

しかし、セルジュは叫ぶ!!

帰れるもんかあああ!!
 



幾度違う男に抱かれても相手の事など屁とも思わない気位の高さ。

どんなに汚辱にまみれても誇りを失わないジルベールが、なぜにあの人の言いなりになってしまうのか。
 
例えばオーギュストがもっと彼の事を大切にしてたらセルジュも引き時を心得た事でしょう。

でもセルジュには愛してるとは口ばかりでとても大事にしているようには見えないのです。

その事がセルジュの中で一番のひっかかりなんです。

オーギュストとジルベールの関係はずっとそういうものだったし、よその家庭などというものも知りませんからジルベールは平気です。

けど立派な両親がいて愛のある家庭を知っているセルジュには、こんなの愛じゃないという思いが強いのです。
 
 
だからオーギュストに聞いてみます。

「どうしてジルベールをあんな風に扱えるのか?」と。

「あれは人間の扱いじゃない!」

するとオーギュストは耳を疑うような事を言うのです。

「そう・・・彼は私のペットだ」

なんてこわい事を言うのかとセルジュは驚愕します。

そういう風に育てたんだ、そう言いながらオーギュストはセルジュにワインを進めてきます。

しかしそのワインには薬が・・・

セルジュはわかっていてそのワインを飲むのです。
 

アレだね。

飲み会とかで酒に薬物を混ぜて女を酔わせてセックスに持ち込もうとする犯罪手口と一緒。

卑劣なやり方だけど、オーギュストがやるとちょっと優雅かも。

ロスマリネもこれでやられたのよ。
 

こわかったろうに

セルジュはオーギュストに犯されてしまいます。

けれどオーギュストに言わせれば、これはセルジュ自身が招いた結果なのだと言います。

「何度も、わたしは忠告したのだ」

そう、ロスマリネに命じて上級生をけしかけたりコンセルヴァトワールへ誘ったり、なんとかあの手この手でジルベールから引き離そうとしたのに。

離れるどころか、かえって二人の距離が近づいてしまったというね。

オーギュストがセルジュを凌辱するのはロスマリネの時と同じで相手に自分の力を誇示するためです。


すべてが終わり、オーギュストはこう言います。

忘れなさい。
学校へ戻って、健康な毎日を過ごすがいい。
きみにはそれが似合っている。
 

ジルベールという触れてはいけない存在に深入りしたばかりにとんだ火傷を負わされてしまった。
 
けれど身体につけられた傷よりも、セルジュの心の葛藤が凄まじいのです。
 

知ってる。

オーギュストがワインに薬を入れる所をセルジュは見てた。
 
知っていて飲んだのは、セルジュらしいストレートさで真正面からぶつかっていくつもりだったのでしょうか。

それがどうなるか承知の上で・・・

オーギュストの力には屈しないと見せたかったのかもしれません。

なのにまるで足元から崩れ落ちてしまいそうな心もとなさ。

純潔を失う事は人生の衝撃であります。
 



しかしそこにアスランの優しい声が・・・

「犠牲のことは考えるな。得たものの方が大切だ」
 
 
親も友人も自分の地位も約束された未来も何もかも捨て、愛する女と子を得たアスラン。

彼の場合犠牲にしたものがあまりにも大きかった。

後悔しないと決めながらも、自分のせいで没落してゆく子爵家や父や母を思えば心中葛藤があった事は想像に難くない。

それでも自分が得たものの方が大切だと、短い人生を精一杯生きたアスランらしい言葉です。

道に迷いそうなセルジュを暖かく照らしてくれる父さん。
 
 

セルジュはジルベールの部屋へ行ってみます。

ジルベールは何も知らず天使のような寝顔で無邪気に眠っておるのです。
 


そして考えます。

自分はずっと寂しかったのだと。

幼くして両親と別離しこんな風に慈しむ相手はなかった。

与える相手を自分は求め、ジルベールは飢えていた。

二人が惹かれ合ったのは孤独だったからです。

そう気づいたセルジュは清らかな涙を流します。


ひざまずいて手の甲にキスするのは、愛の証でしょう、この場合。


まだオーギュストに盛られた薬の効き目が残る翌朝、無理をして朝食の席に現れたセルジュ。

震える手がスプーンを持っていられず落としてしまうのを訝しむジルベール。

決して逃げないセルジュの強情振りにオーギュストはイラつき退席してしまいます。
 

父さんの夢を見たと昨夜の事は隠します。

ジルベールにとっては父さんてどんな人で何をするのかもわからないのです。

そんなジルベールにセルジュは丁寧に教えてあげます。

父さんの事、学校で勉強しなくちゃならない事、人は大人になって仕事して結婚して子供を作るんだよって。

でもジルベールは笑うばかりで、ぼくはこのままでいいんだと言うのです。

いやいや、このままでいいはずないよ。
オーギュが死んだらどうするの?
 
 
うーん、こういう変わった子供を育ててしまったオーギュストの罪深さを改めて感じますね。

そしてオーギュストという人物の不可解さ。

愛の形には色々あります。

相手を傷つけてしまう愛し方だってあるんです。

こんなの愛じゃないと思っても、そういうエゴイスティックな愛も確かにあるんです。

それは行き場のない、すべてを奪ってしまうような、こわい、悲しい愛です。

そういう愛は他人からは理解されませんから、やはりオーギュストって謎の人です。
 




セルジュはジルベールにもっと色んな世界がある事を知って欲しいのです。

けどジルベールったら、今は大好きなこの城でオーギュストとセルジュに囲まれてるから楽しくて仕方ないのね。

二人を両天秤にかけるような態度で、けどやっぱオーギュなんだよね。

焦ったセルジュは思い余って、オーギュストがジルベールをペットと言った事や自分が乱暴された事など洗いざらいぶちまけてしまうのです。
 
 

ジルベール傷つく───

そこまで言うつもりじゃなかったのにと後悔するセルジュ。

でももうハッキリ言ってやらないと目を覚まさないと思ったんだよね。
 



だけど、きみが好きなんだ。 

だから学校へ一緒に帰ってくれないか?

セルジュは精一杯お願いしてみます。

それが困難なのはセルジュも理解しています。




ジルベールは自由な小鳥なのだ。

でもそれはこの城で生きているからこそです。
 
 

だけど、セルジュが学校へ帰る日ジルベールは駅に馬で追ってきたのです。

もう完敗だと諦めざるを得なかったセルジュは歓喜して彼を抱きしめます。

走り出した汽車を追って駅の構内を馬で駆けてくるシチュエーションは映画みたいに心が踊るけど、ジルベールの心は微妙です。

恐らくジルベールはあの城に残りたかったのに、セルジュと離れ難い気持ちが衝動的に駅へ向かわせてしまったのでしょう。




これは1881年の夏の出来事です。