風木部

溺愛「風と木の詩」

風と木の詩その40 第六章陽炎⑫

突然二人に届いた、オーギュストからのマルセイユへの招待の手紙。
 
 


セルジュは少し迷いました。

ジルベールが「嘘だよ・・・また・・・」って動揺し様子が変になったから。

ジルベールを案ずるセルジュでしたが、ジルベールの心はと言えば既にマルセイユへと飛んでいたのです。

手紙には手回しよく汽車の切符まで同封されており、しかもその日の午後だったので、セルジュは慌てて荷造りする事となりました。

しかしジルベールのクローゼットを開けると、身の回りの品があまりにもメチャクチャになってて言葉を失ってしまいます。

まあね、脱いだら脱ぎ捨てちゃうし、服なんかなくても裸でいいやぐらいだから、自分の靴を磨くとか服を手入れするとか持ち物の管理なんてするはずないよね。

昔「海の天使城」で暮らしていた幼い頃の彼の部屋があまりにグチャグチャで驚愕したけど、あの頃とほとんど変わらないのでしょうね。


汽車に乗っている間、ジルベールはずっとボンヤリしてました。
 
マルセイユはフランス最大の港湾都市です。

潮の香りにセルジュは心地よさを覚えますが、ジルベールは迎えに来たコクトー家の馬車を見つけ駆け出します。

何も言わず、あの人に会える喜びに祈るような面持ちで一人悦に入るジルベールの姿さえも、セルジュは美しいと思わずにいられません。
 
 
 

久し振りだ~
「海の天使城(ケルビム・デ・ラ・ムール)」

ジルベールが育った、マルセイユの海に面して建つ華麗で豪奢な城です。

城へ入るには、海の反対側に延々と広がる鬱蒼とした森を抜けて、広大な敷地を外門・中門・奥の門へと進んでいくのよ。

セルジュはまるでおとぎの国だと思うのです。
 
 
広いのお。
 
中に入ると、執事だと言って現れたのはジルベールの知らない顔でニコリともしない冷たい感じ。

あのおじいちゃん執事さんはもう辞めてしまったらしい。

華やかなのに誰も使ってないような城の内部に、セルジュは少しづつ違和感を感じ始めます。



この先にオーギュストがいる!

その時、ジルベールは振り返りこう言ったのです。
 
 
・・・なぜ、きみはここにいるの?
 
そう言ったかと思うと、セルジュを残しジルベールはオーギュストの部屋へと駆け込んでしまう。

生き返った魚・・・言い得て妙だね。

まるで冷水を浴びせるようなジルベールの言葉にセルジュは戸惑います。

二人きりでいた時はあんなに楽しかったのに。

あんなにセルジュに心を開いてくれたのに。

オーギュストが現れた途端、手のひらを返すように態度を変えるなんてね。
 
 
 
 
一人残されてしまい、これは入りづらいわ。

しかもなんか暗いし。

けどセルジュは後悔はしてませんでした。

ここまで来てしまったのだからと腹をくくり部屋へ入ろうとします。

でも声をかけても返事はなく、覗いてみると、ソファーの上でジルベールに覆いかぶさるオーギュストの姿があったのです。

セルジュは思わず目を背けます。
 
 
 
オーギュストは何事もなかったかのように立ち上がり、セルジュに「ようこそ」と握手を求めてきました。

けれどジルベールはオーギュストが離れた後も、彼の身体を求めるように宙に手を伸ばしたままなのです。

オーギュストは相変わらず如才なく、セルジュにパリの話題やアンジェリンの近況を話しかけました。

セルジュはアンジェリンがこの男のものになるのかと、残念とも危惧ともつかぬ複雑な思いを持ちました。

でもそれよりも、まるで止まったままの自動人形のようなジルベールが気になるのです。

まるで主人に向かって不思議な暗号を送り続けて、自分には理解できない言葉で二人だけで会話を交わしてるように見えたのです。

SFみたいだね。
 
 
 
その夜。

セルジュはふと目覚めジルベールを探して夜の庭を彷徨ってみます。

夜の庭もまた幻想的で美しいのよ。

セルジュもわかってる。

ジルベールが大人しく眠ってるはずない。

きっとあの人の元へ行ってるはず。

自分の存在など忘れてしまったかのようなジルベールといい、なんだかよそよそしいオーギュストといい、それに生活感も人の温かみも感じられないこの城といい、アウェー感半端でない。

セルジュはなんだかこの城のすべてが自分を拒んでるような気さえするのでした。
 
 
 
翌朝、二人は朝食の席にも現れずまだ寝てるんだという。

召使いもみんな冷たく、自分の仕事だけ済ますとさっさといなくなる。

話しかけてもそそくさとして口もろくにきいてくれないのです。  

仕方なく一人で釣りをするセルジュに召使いの一人が話しかけてきました。

セルジュがいい子そうだから忠告してやろうというつもりらしい。

悪魔っ気って(笑)
 


ジルベールはことさらセルジュに無関心を装うように話しかけてもすぐに逃げてしまいます。

退屈するセルジュにオーギュストが話しかけてきます。

 
きみが太陽ならわたしは暗黒の星(わかってるんだ)

ジルベールは太陽の惑星であろうとする事に思い迷う冥王星のようなもの。


 
さすがにオーギュストは詩人だけあって上手い事を言いますよね。 

コクトー家は貴族ではありませんが、この城一つとってもわかるようにスゴイお金持ちです。

でもオーギュストがパリの社交界で有名なのは、むしろ詩人としてなんです。

オーギュったらどんな詩を書くのかしら?気になります。

天文学的には今はもう冥王星は惑星ではないので、太陽系の惑星の並び順も「水金地火木土天海」ですねー。

しかしながら、この時代には冥王星はまだ見つかってないんじゃないですかね?!
 


それにしても招待しておいてほっとくというのもおかしな話です。

セルジュは一人でやる事もなく暇を持て余してしまいます。

そんな時に、ジルベールの部屋から出て来るオーギュストの姿を目撃してしまい、まさかあの人まで・・・って嫌な予感に襲われてしまうのです。

 

 
あられもない姿で・・・


セルジュの不吉な予感は的中してしまったわけです。

セルジュは二人の関係にホントに気づいてなかったんですかね?

あれだけジルベールがオーギュストに執着してる事は知ってても、まさか叔父さんとまで・・・と想像もしてなかったんでしょうか。

まあ叔父と甥はないだろうけど、叔父と姪とかなら昔からいくらでもありますが。

これまでオーギュストに冷たくされては傷つくジルベールを見て来ましたから、セルジュはオーギュストにはもういいイメージを持ってないんですよね。

それなのに、ああそういう事だったのかってショックだったと思います。

 


ジルベールは、まだ余韻があるんでしょうね。

セルジュにここへ来てと招きます。

自分がセルジュなら「ふざけんな!バーロー!」つって帰っちゃいますけど、セルジュはジルベールに自分の今の気持ちを一生懸命伝えようとするわけです。

でもそんなの聞きもしないでジルベールは濃厚な接吻をしてきます。

この温度差にセルジュは何を言う気力もなくしてしまいます。

セルジュに裸のまま抱きついてきて「気持ちのいい朝だね」なんて自分だけ気持ちよくなってるジルベールに、セルジュは怒りよりも憐みを感じるのです。


ジルベールは事の罪悪を少しも感じてないのだ・・・
こんな毎日を過ごしていてはいけない───


わかるけど、いきなりセミ取りとか鈴虫を飼うって言われてもジルベールはきょとん顔ですよ。
虚しい。
 
 
 
明るい太陽の下に広がる美しいマルセイユの海。

ジルベールは水着なんか脱いで海に捨ててしまう。

セルジュは自分から誘っておいて人目があるからとシャツを脱ごうとはしませんでした。

でもジルベールはそんな事お構いなしで無理矢理セルジュを裸にしてしまいます。

この場面はブロンズのアポロンという言葉を強調するように、セルジュにトーンが貼られて肌の色が協調されてます。

裸の二人は以前のように楽しそうです。

でもオーギュストが現れると、セルジュはやみくもに海に飛び込みシャトー・ディフまで泳いで行こうとします。

「海の天使城」はシャトー・ディフが目の前にあるという設定です。

シャトー・ディフは「モンテクリスト伯」の舞台ともなった、小島に築かれた要塞で牢獄として使用されていました。
(アルカトラズみたいなヤツ)

セルジュはそう、オーギュストをライバル視し始めたんです。
 
 
 
セルジュはジルベールに聞きたいのです。

きみはあの人に愛されて幸福か

他のものすべてが目に入らぬほど幸福なのか・・・?


ジルベールは本の黒ミサの図や天使と悪魔が戦う図を美しいと言ってセルジュにも見せます。
(こんな本は普通の家にはない)

セルジュは不信心だと言って(ジルベールは意味がわからなかったみたい)自分が買ったジュール・ベルヌの「月世界旅行」を見せてあげます。

その本に夢中になったジルベールは月は青いんだと言って本の月を青く塗ってしまったという。
 
 


セルジュの中ではジルベールの存在がどんどん大きくなっていきます。

ジルベールの美しさが、奔放さが、無邪気さが、セルジュの胸をしめつけるのです。

そして、こうして一緒に過ごしていてもあの人に惹かれ続けているのかと切なくなってしまうのです。

もうたまらくなって、セルジュはオーギュストに駆け寄ります。

オーギュストはセルジュの思いつめた表情を見ると「ジルベールを好きかね?」と静かに聞いてきます。

セルジュが強くうなずくと「それは困った。わたしも彼を愛している」と言うのです。