風木部

溺愛「風と木の詩」

風と木の詩その37 第六章陽炎⑨

 
セルジュが食堂にジルベールを連れて来た!
 
 
 

 
 
 
昨日はパスカルに「ジルベールとはもう距離を置くつもりだ」と宣言したばかりのセルジュでした。
 
それを聞いた時パスカルはそんな事がおまえに出来るのか?って顔をしていました。
 
 
 
ああ、昨日の今日なのに何という体たらくか、ホラホラ寒いとこに突っ立ってちゃだめだよまったく君ときたらガウンも持ってないなんて・・・甲斐甲斐しく世話を焼いてしまう。
 
 
そんな自分を恥じるセルジュでしたが「セルジュのセの字はおせっかいのセなのさ、まあ座れ」と、パスカルは温かく迎えてくれるのでした。
 
 
 
 
しかしこのお二人さん際立って目立つ事であろう。
 
もうみんなまじまじと見ちゃう。
 
 
ふーん、風邪ひいてるのか
かわいいじゃないの手引かれてさ
お、スープ飲んでる手取り足取りだぜ
 
 
セルジュが世話を焼くジルベールに視線が釘付け。
 
好奇心と、魅力的なものには誰だって関心が向く。
 
 
 
 
───ワッツ先生、医者を呼んでくれました。
 
風邪だから安静にして寝てるようにと言われ注射されます。
 
さあ次はジルベールの番、腕を出してと言われます。
 
 
ジルベールは医者を完璧に無視する・・・!?
 
 
セルジュが「ジルベール注射だよ、腕を出して」と言うとようやく腕を出すのでした。
 
 
世話が焼けるのお
 
 
 
医者は「なんちゅう細い腕じゃそんなんで女が抱けるか、ええ!?」とさばけた事を言ってその場を苦笑さすのでした。
 
 
 
 
 
 
ジルベールに女って!?そいつは傑作だなー
それじゃあ二人は仲良くベッドの中か?
今度は何が起こるやら!
 
 
 
学校内はその話で持ち切りなのでした。
 
 
 
 
 
 
さてパスカルがカールに声をかけます。
 
 
「あとでセルジュの見舞いに行くか」
 
「・・・・いや」
 
 
 
カールはこの頃ずっと一人です。
 
試験が近いからだとカールは言います。
 
 
 
 
そうなのかなあ・・・
 
 
 
 
セルジュも試験が近いので内心焦りを感じていました。
 
 
ジルベールは熱が高いから眠っています。
 
時々ひどく咳込むので、セルジュは手を握ってやります。
 
ぎゅっと握り返すジルベールの手。
 
ふと目覚めたように「オーギュじゃない」と呟きます。
 
そしてまた眠りに落ちました。
 
セルジュはまあいいやと思います。
 
咳が止まってくれれば───
 
 
 
 
 
 
セルジュはベッドで勉強しようとしましたが、熱っぽくてあまり打ち込めずウトウトと眠ってしまいます。
 
夢の中で、誰かが自分を見下ろしているような気がするのでした。
 
 
ジルベール、不思議な子だ。
 
ベッドから抜け出してセルジュをじっと見つめていました。
 
 
 
 
 
 
静かな部屋の中に時計が時を刻む音だけが響きます。
 
 
セルジュがふと目を開けるとやっぱりジルベールはセルジュを見つめているのでした。
 
セルジュはドキッとしてずっと寝顔を見てたのだろうかと狼狽してしまう。
 
 
気まずいから話しかけてみます。
 
「ねえ、君もパリに行った事があるのかい?マルセイユ生まれだと聞いたけど・・・」
「ぼくはね、4歳から13歳まで住んでたよ。生まれたのはチロルなんだ・・・だから少しならドイツ語がわかるよ。北イタリアのなまりもね」
 
 
 
 
ああ・・・
南イタリアの農家の末息子
・・・そんなヤツを知ってた
(ボナールのとこにいたルノーだね)
 
 
 
 
たゆたえどもパリは沈まず───
 
波に翻弄されてもパリは沈まない。
 
 
 
 
ジルベールは小さくパリは好きだと呟きました。
 
 
 
 
 
この世で唯一信じられるのは、世間の言う善でも悪でもなく愛するオーギュストだけなのに。
 
オーギュストの乗った馬車は走り去って行く。
 
霧の中からオーギュストの後ろ姿が現れ振り返ったと思うと影のように消えてしまう。
 
そうかと思えばジルベールは幼い頃の姿で妖精となり、ボナールの元へ飛んで行くのでした。
 
ボナールがパリの象徴のような存在なんでしょうか。
 
まだいくらも生きてないのに深い傷を心に負うジルベールの甘美な夢です。
 
 
 
やがて静謐な眠りが二人を導きました。
 
 
 
 
 
 
まあそんなこんなで色々あったけど、とにかく試験も終わりました。
 
が、セルジュは体調が悪いせいで今回は出来が良くなかったのです。
 
そういう事もありますよ。
 
 
 
そこへ、あろうことかマックス・ブロウが見舞いに訪れたのです。
 
 
 
 
見舞いにブランデーを持って来たという。
 
ジルベールの機嫌を取ろうと懸命に話しかけるブロウに、セルジュはなんだか居心地の悪さを感じます。
 
お人好しのセルジュは、あんなに一生懸命話しかけて気持ちはけっこういいヤツなのかもと思うのでした。
 
 
ところがジルベールは急に怒り出しブロウを追い出してしまいます。
 
セルジュはびっくりして「いったい何をそんなに怒るんだい?せっかく来てくれたのに彼は彼なりに君が好きなんだ」なんて言ってしまう。
 
 
 
ほんとに下衆野郎だねー
 
 
さすがにあんな事があったばかりだもの。
 
(てゆうか自分は病気が心配。風邪なんかより)
 
ジルベールは物静かにしてるけど身も心もズタボロなのよ。
 
 
 
セルジュはハッとします。
 
そして表面的な部分しか見ずにわかったような事を言ってしまった自分を恥じ入るのです。
 
 
 
今、二人はとても対等な位置にいる。
 
ジルベールが自分をまともに扱っている事にセルジュは気づいたんである。
 
 
 
 
 
さてさて大変だよー
 
今回の試験の首席誰だと思う???
 
 
 
 
 
なんとパスカルだ!!!
 
 
3年も落第して今まで一度も上位に入った事すらないのに、思いがけないダークホースの登場に生徒たちは騒然となるのでした。
 
でもセルジュだけは知っていました。
 
この変わり者の友人が首席で進級するためにわざと落第してた事を。
 
今回はセルジュは風邪で振るわず13位、カールは4位でした。
 
ライバルの不調が幸運となりパスカルの頑張りは実を結んだのでした。
 
 
 
カールとセルジュはなんとなくよそよそしい。
 
とにかく予想外の番狂わせがあったけど今年度は終了したのでした。
 
 
 
 
そしてこの二人。
 
 
ロスマリネが生徒総監になって今年で3年目、ジュールも万年上級監督生でありこの二人の巨頭体制は盤石でした。
 
しかしさすがに今度はバカロレア試験の準備級なのでそうそう他の事に関わっていられないと言うロスマリネでありました。
 
 
でも気になる事が一つある。
 
 
 
「セルジュ・バトゥールだろ?」
 
さすがジュール、お見通しです。
 
 
まてよーこのー
 
いいねぇ少年らしく元気で。
 
 
何を追いかけまわされてるかと思えば、みんなこのバカンスにセルジュを自分の家に招待してくれると言うのです。
 
日本と違い外国は9月から新学期で、夏休みは長期休暇だからね。
 
セルジュモテモテじゃん。
 
パスカルがなんだおまえまた帰らないのかと言う。
 
パスカル飄々とした味があっていいよなあ。
 
 
 
セルジュはパスカルに「今度の休みは長いからこそ残っていなけりゃ・・そう思うんだ」って言います。
 
 
 
 
パスカルもまた家に招待したかったんだけどね。
 
セルジュはパットよりもジルベールの姿が浮かびます。
 
ジルベールの涙が心を締め付けるのでした。
 
 
 
 
 
 
数日後、みんな自宅へ帰って行きました。
 
パスカルもリヨンの家へ帰って行きました。
 
 
 
 
けだるい夏の午後、寮は静まりかえりセルジュの足音だけが響き渡ります。
 
 
 
 
まだ残ってた
 
しつこいぞブロウ
 
 
 
階段の踊り場で逆光の中に浮かび上がる二人のシルエット。
 
 
 
 
 

ブロウがごちゃごちゃ言ってる。
 
ジルベールを連れて行きたいのです。
 
だがジルベールはこんなヤツとは行きたくないと思っている。
でも身体が疼いて・・・・
 
 
そして今のジルベールにはある屈託がありました。
 


行ってしまう・・・・
 
 



そこへセルジュがやって来ます。

ジルベールはセルジュが現れたのでギクリとし、ブロウはこいつまだいたのかと舌打ちします。

そして「ジルベールに何を吹き込んだんだ?おまえのせいであいつぁどうもおかしいぜ」と言うとセルジュに腹パンしてくるのでした。

セルジュはなんとか上手くブロウを追い払いますが、さすがに体格差があるので受けたパンチのダメージが強くて部屋に倒れ込んでしまいます。
 


ジルベールはそんなセルジュをやはりじっと見ているのでした。




「・・・家へ、帰らないのか?」

どんなつもりで聞いたのだろう。



いきなり声をかけられて戸惑うセルジュ。

「ああ・・・、帰らないよ。やめたんだ」



迷惑そうに振り払うようにジルベールは言いました。

「さっさと出かけちまえよ。どこかへ旅でもするんだろ」



「どこへも行かないよ。ずっとここにいる」
 



 「行かない・・・?ずっと・・・ここに?」


もうそれがジルベールの本心ではないとわかるセルジュでした。
 
 

ああ、二人きり・・・・



二人きり・・・